大草原の大きなお屋敷~掃除が大変……ついでに長女が薬師でぼやく~

楠本恵士

第一話・ロップ・イヤー家の長女薬師が、薬草園で行き倒れの転移者を拾う

 異世界の大草原にいきなり、ポツンと現れた大きなお屋敷──内部がダンジョンのような屋敷内に住む一族〝ロップ・イヤー家〟は、外部との接触を一切持たず屋敷内だけで自給自足のスローライフを送っていた。

 これは、モンスターとの戦いも、たいしたイザコザもない〝ゆるふわ〟な悠久の時間を過ごす一族の物語です。


 ロップ・イヤー家の長女……薬師の【マーチ】は、薬草園でぼやいていた。

「まいったな……塩が足らない」

 薬師長も務めるマーチは、水滴のような岩塩が葉の表面に付着した植物の葉を、一枚千切って口に運ぶ。


「もっと、塩を含む植物を増やさないと、必要な薬剤が作れない」

 マーチは、屋敷の吹き抜け窓から降り注ぐ陽の光に目を細めた。

「ぼやいていても、仕方がない……代用となる薬草を探すか」


 薬草園の通路を慎重に進む、マーチの足が止まった。

 薬草園の一点を見つめるマーチ。

 そこに倒れている若い男性の姿があった。


 見慣れない服装で、薬草の中に倒れていた。

「行き倒れか……よりにもよって、傷薬の原料となる貴重な薬草を少し押し潰して倒れているとは……さてさて、どうしたものやら」


 マーチが思案していると、薬草園の壁の向こう側から、屋敷内を走っている路面電車の通過音と汽笛が聞こえた。

 軽いタメ息を漏らす長女マーチ。

 行き倒れの指が少し動いたのを見て、マーチがぼやく。

「このまま、放置してはおけないな……使用人を呼んで、薬剤部屋に運ばせるか」


  ◇◇◇◇◇◇


 マーチが乾燥させた薬草を入れた、広口ビンが並んだ棚の部屋でビンの中に入った薬草を眺めていると。

 ベットに寝かせた行き倒れの若い男性の口から、呻き声が聞こえて男性は目覚めた。

 上体を起こした男性は、薬剤や薬草が入れられたビン棚を見回して言った。

「ここは? そうか、オレはまた別の世界に転移してしまったのか」


 男性の言葉を聞いてマーチが言った。

「転移者か……珍しいコトではない」

 マーチは机の上にあった、ビンに入った茶色の棒状のモノを、転移男性に渡して言った。

「噛んでいれば少しは腹の足しになるだろう……シナモン経皮だ」

 転移者がシナモンの棒をかじると、マーチも同じように、シナモンの枝をかじりながら言った。

「ロップ・イヤー家の人間は、屋敷に来た転移者は拒まない……いつまでも、好きにいるがいい……おまえ、名前は?」

 おまえと呼び捨てにされた、転移男子が少しムッとしながら言った。

「名前は、オクトーバー【オクト】でいい」

「そうか、オクトこの屋敷に居てもいいが、その代わりさまざまな仕事をしてもらうからな……『働かざる者食うべからず』それがロップ・イヤー家の家訓だ──このロップ・イヤー家の屋敷は、外部との接触を絶って自給自足で生活をしている」

「わかった」


 その時、オクトの腹部が空腹でグウゥゥと鳴った。

 マーチが軽く微笑みながら言った。

「まずは食事が先か、ついて来い……薬剤室の外にある東屋ガゼボに、何か食べ物を運んで来てもらおう……出前というやつだ」


  ◇◇◇◇◇◇


 マーチがレトロな黒電話を使って、交換手を介してどこかに連絡してしてから、二人は薬剤室を出て、少し広い青バラ園の中にある東屋に到着した。

 天井がドーム型で、西洋東屋のテーブル付きのベンチに座ったオクトが、咲き乱れる青いバラの花を眺めながら言った。

「少し不思議な光景だ……屋敷の中にある少し広い部屋の中に、こんな見事なバラ園があるなんて」


 天井と壁に囲まれた体育館くらいの広さがある部屋の中に、土を運び入れて青いバラ庭園が作られている。

 マーチが微笑みながら説明する。

「言っただろう、屋敷の中で自給自足をしているって……天窓から陽の光を取り入れている部屋もあれば、人工の明かりの部屋もある……生活するための、すべてのモノはそろっている……牧場とか、農地も屋敷内にあるから近いうちに見せてやる」


 マーチがそんな話しをしていると、調理可能な機材が積まれた電気キッチンカーが、数台走ってきて東屋の近くに停車した。

 キッチンカーからコック帽をかぶった初老の男性が降りてくると、弟子らしい者たちが手際よく木製のテーブルとイスを出してきて、食事のセッテングをする。


 弟子の調理人に指示を出している初老のヒゲ男性に、マーチが言った。

「こんな、大袈裟おおげさな出前じゃなくても良かったのに、屋敷の料理長ノゥデェンバーこと【ノーヴ】」

 ノーヴと呼ばれたコック姿の男は、威厳のある口調で言った。

「電話で出前を受けた弟子が聞いたところによると、転移者が来たそうじゃないですか……ロップ・イヤー家の食生活全般を管理する者として、恥ずかしい食事は出せません」


 そう言うと、ノーヴは弟子たちが用意した簡易着替えルームで、早着替えをして和の調理人スタイルに変わった。

「へいっ、いらっしゃい……今日は握り寿司の出前です」

 そう言うと、寿司屋台でノーヴは寿司を握りはじめた。

 最初に出てきたのは、寿司飯の丸いおにぎりに赤身の魚の身が、黒い海苔の帯で巻かれた食べ物だった。

 ノーヴがオクトの前に、おにぎり寿司を乗せた皿を置いて言った。


「食べてください今朝、屋敷の中で水揚げされた新鮮な魚の刺し身の寿司です……魚の名前は現在、屋敷の学者が命名中です」

 オクトは得体が知れない魚肉の、球体寿司にかぶりついた。

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