【完結】番はもういりません! ~獣人に囲まれる異世界生活~

境なごむ

01.出会い①

「落ち着けー、落ち着くんだ永遠子っ…!」


 閉じていた目をゆっくり開けると、やはり視界に映るのは非現実的な光景。

 友達と二泊三日の高校卒業旅行から帰宅中。コンビニに寄るか素直に家に帰るか悩んだ挙句、誘惑に負けてコンビニに向かうため夜道を歩いていた。

 お土産やら旅行に必要な服やその他諸々を詰め込んでいたキャリーケースが何かに当たって後ろを振り返った瞬間、


「やっぱり森だ…」


 月が太陽に変わり燦々と照り付ける昼が訪れていた。

 コンクリートの夜道だったのに木と草と花しかない森に呆然と佇む。

 大混乱な現状に陥った私はその場にしゃがみこんで何度も「夢だ」と呟き、夢から覚めることを願って目を開けるも夢じゃないと言わんばかりに景色は変わらない。


「意味わかんないよー…!」


 非現実的なことに大声をあげたいのに、恐怖と混乱のせいで小声で地面に向かって呟く。


「どうする? こういうときの対処法とかってある? いやいや、あるわけないじゃん。どう考えても非現実的な状況じゃん? えー…ほんと意味が解らないんだけど…。あ、もしかして北海道からの帰宅途中に死んだとか? 飛行機事故? 列車事故? それとも車に轢かれた? ってことはここは天国? それとも地獄?」


 冷静になろうとするも次々と溢れる疑問にさらに混乱していくのが解る。まさに混乱が混乱を生む状態。


「と、と、とにかく森から抜け出したほうがいいよね…? ここがどこの森なのか解らないし…。いやむしろ山? こういう場合って変に歩くと迷子になっちゃうよね…? 遭難して死んじゃうことだってあり得る…。いやいやっ、そもそも助けに来てくれる可能性ってある? ここが日本の山かなんて解らないよ!? いやほんとどうしたらいいの?!」


 周囲を見渡してみても木々が遮って遠くの景色が見えない。


「旅行帰りにこんな…。楽しかったのに最悪だ…」


 もっと言うとこの森の中を歩く体力なんて旅行帰りの私には残っていなかった。

 だから甘い飲み物とお菓子をコンビニで買って帰宅までの栄養にしようと思ったのに…。


「とりあえずケースに入れておこう…」


 その場に座り込んでコンビニで買ったお菓子をキャリーケースに入れ、空を眺める。


「どうしよう…本当にどうしよう…。動いたほうがいいのかな…。それともやっぱこの場に留まっておくほうがいいのかな…はぁ…」


 私の疑問に答えてくれる者はいない。

 もう一度目を瞑って深い溜息を吐く。

 再度目を開けるも変わらない草と土が視界に映り、思わず眉をしかめた。


「………とりあえず少し移動しよう…」


 今いる場所よりもっと開けた場所に行きたい。この場に留まるのは少し怖い。

 力が入らない足に無理やり力を込めて立ち上がり、歩きやすそうな道を探してとりあえず歩いてみる。

 歩きやすそうと言っても草は邪魔だし、道はデコボコして歩き辛いしケースも重たい。

 何をするにしてもやる気を容赦なく削いでいく…。


「や、山道ってしんどいんだね…」


 旅行帰りなのもあるけど、たった数分歩いただけで軽く息があがる。

 足の裏痛いし、ケース邪魔だし、何より蒸し熱い!

 さっきまでは真冬だったのにここは暑くてたまらない。というか脱いでもケースに入らない。

 手に持つのも邪魔なので暑いのは我慢してひたすら目的地のない場所へと歩き続けた。


「いやさぁ…こういうときってご都合主義で洞窟とか、崖とか、川辺とかさ…見つかるはずじゃん…」


 ここは漫画の世界でもなければドラマの世界でもない、現実だ。

 と世界に言われているように、歩けど歩けど変わらない森の風景に溜息しか出てこない。


「もう歩きたくないんだけど、さすがにこんな場所で夜は迎えたくない…!」


 太陽はまだ高い位置に見えた。

 携帯を一応確認するも「20:54」とだけ書かれていたので意味はなしていない。


「でも……ちょっと休もう…」


 ちょうど座れるぐらいの石が木の下にあったので、そこに腰を下ろして体力を回復させる。

 キャリーケースにもたれかかり、目を閉じた。

 寝たりはしない。ここで寝るのはさすがにダメなぐらい解る。

 それでも疲労困憊な状況に自然と意識を手放そうとした瞬間、少し離れた場所から不自然な音が聞こえた。


「な、なに?」


 熊? それとも猪? いや、野犬…とか?

 無理無理無理。野生動物にただの女子高校生が勝てるわけがない。武器があったとしても小心者の私には無理だ!

 全神経を集中させ音の場所と正体を探ろうと顔を上げ、周囲を警戒する。


「熊なら死。猪も無理。野犬は…ケースを振り回せばいける…?」


 隣に誰かいたら聞こえるんじゃないかってぐらい私の心臓は音を立てていた。

 だけど不自然な音は聞こえない。

 さっきと変わらない森に戻った気がするけど警戒を解くわけにはいかない!

 何もできない癖に何でこんなに警戒しているのか解らなかった。


「動いた、ほうがいいかな…」


 解らない。どの選択肢を選べばいいか解らない。

 見えない恐怖と選べない選択肢がぐるぐると頭の中を回る。


「こわい…! 帰りたいっ…!」


 恐怖が募り自然と涙が浮かんで視界が歪む。

 グスと鼻を鳴らして少し汚れた手で涙を拭う。


「―――おい」

「ッ!!」


 恐怖メーターが限界に到達した瞬間、頭上から低い声が落とされ、身体の芯から震えあがって硬直した。

 声なんてでなかった。出せなかった。ただただ身を固めることしかできなかった。


「何でこんなとこにメスがいる? どこの村から来た」


 固まっていると上から葉が擦れる音がして、目の前に漫画や映画で見るような旅人?の服装をした男が降りてきた。

 黒い髪の毛に見たことのない薄緑の目。

 声が出なくても、身体が動かなくても、目だけは動いて耳だけは彼の言葉を聞いていた。


「……っあ…」

「…」


 顔立ちが明らかに日本人じゃない。こんな服装も知らない。

 自分は違う世界に来てしまったのでは?

 そんなことが頭をよぎると、さらに涙が溢れてようやく身体が震え始めた。


「俺の声聞こえてる?」

「……ッ…!」

「あー……。んんっ! 君のオスはいないのかい?」


 先程はどこか冷たい声だったのに、突然柔らかい声色に変わった。

 何を言っているかは解るけど、意味が理解できなかった。

 彼の質問に答えないでいると柔らかい笑顔を浮かべ、一歩近づいて来たので反射的に後ろにのけ反る。

 だけど木のせいで逃げることはできず、ただただ彼を見上げて口をパクパクさせることしかできなかった。

 優しく接してくれていることは解ったけど、どうしても先程の恐怖とさらなる混乱に頭も心もついていけない。

 すると彼は困ったように笑って両手をあげ、その場にしゃがんだ。


「驚かせるつもりはなかったんだ、ごめんね?」

「…」

「俺…じゃねぇな、僕はシャルル。君の名前は?」

「………あ、え…と…」


 少しづつ緊張が和らいでいくのが解った。

 だけど見知らぬ人に名前を言っていいものか悩み、言葉が続かない。


「うーん…。森の奥にメスがいること自体おかしいし、こんな可愛い子が存在するってのも不思議だ。もしかして誘拐されて逃げてきたとか?」


 誘拐、されたのかな?

 誘拐ではないけど、違う場所にいるから誘拐になるのかな?


「君のオスは?」


 チラリと私の腕…と言うより、指を見てニコリと微笑む。


「おす…?」

「君みたいな可愛い子にオスがいないなんてありえないからね。そいつに殺されたくないし。でもいないみたいだし安心したよ。こんな奇跡みたいなことあるんだね」


 殺されたくないってなに? 殺されたくないってなに!?

 お世辞とかよりそっちの単語のほうが気になる!


「ともかくここを離れたほうがいいよ。夜になると魔獣が活動的になる」

「……っすけて…!」


 また意味の解らない言葉が出たけど、ここが危険だと言うのはすぐに解った。

 この人が悪い人か良い人か解らないけど一人でいたくない。ここは怖い!

 思わず出た素直な懇願に彼は目を見開いて、嬉しそうに笑ってくれた。


「うん、任せてよ。でも僕ちょっと仕事中でさ。仕事仲間には君を会わせたくねぇし…」

「や、やだ…こわい…!」

「大丈夫、安心して。近づいてもいいかな?」


 コクリと頷くとゆっくりと近づいて、羽織っていたマントをかけられる。


「これを羽織っておくと魔獣は気づかないからずっと羽織ってて。夜は寒くなるしね」

「やだ…! おいていかないでっ」

「ごめんね。本当に少しだけ待ってて」


 ここにいたくないのに彼は連れて行ってくれないようだ。

 思わず彼の服を掴んで引き留めようとするも、彼は謝罪しかしなかった。


「木の上は安全だから大丈夫だよ。ね?」

「ほ、ほ、本当に迎えに来てくれる…?」

「うん。せっかく出会えた運命の子なんだし絶対に迎えに来るよ」

「……っわかった…」

「ごめんね、ありがとう」


 そう言うと膝裏から抱き上げ、思考がついていかない間に木の上へと連れて行かれた。


「唖然とした顔も可愛いね」

「…」

「絶対にここから動かないで。それからそれも脱がないこと。約束して?」

「……はい…」

「日が変わるまでには迎えに来るから」


 それだけ言うとあっという間に木から木へと飛び移って森の奥へと消えてしまった。

 忍者…?


「……」


 呆然と彼が消えた方向を見続け、少し経ってからマントで身体を包んだ。

 彼が何者か解らないけど、多分…優しい人だと思う…。そう思いたいし信じたい。

 強く目を瞑って、恐怖に耐えながら彼の迎えを待つことにした。

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