第29話

 夜が明けた。


 


 チセの中には新しい空気が流れていた。昨日までの不安や緊張が、どこか消えたわけじゃない。けれど、俺たちの中に宿ったものがある。それは、声の力だ。祈りが届き、命を守ったという確かな実感だった。


 


 朝食の準備をしながら、俺は囲炉裏の火を見つめた。


 昨日、ここで語った言葉たちが、まだ空気の中に漂っているように感じた。


 


 リラが小さな草餅を焼きながら、俺を見た。


 


 「ねえ、トウガ。あれ、精霊だったのかな?」


 


 「わからない。でも……敵意はなかった。試してきただけだ」


 


 「そっか」


 


 リラは草餅をひっくり返し、香ばしい匂いを漂わせた。


 


 その匂いが、俺の心をゆるめた。


 


 「今日から、また新しい道を作ろう。村の周囲をもっと広く守れるように」


 


 「うん。子どもたちにも、もっとできることを教えよう」


 


 「そうだな。声だけじゃなく、手も使って、皆でこの村を作っていく」


 


 俺たちの会話に、ノシュやユイも加わった。


 


 「見張り台、急いで作った方がいいよな!」


 


 「あと、火を絶やさない場所、もっと増やそう。小さな祠みたいなやつを、いくつも!」


 


 皆が自分の言葉で、未来を語っていた。


 


 それが、たまらなく嬉しかった。


 


 俺ひとりじゃない。


 声を繋げる仲間たちがいる。


 


 草餅が焼き上がり、小さな手が器を回してきた。


 


 「トウガ、これ、あげる」


 


 屈託のない笑顔。


 


 俺は受け取り、口に運んだ。


 


 ほろりと崩れる柔らかさと、微かな甘みが広がった。


 


 「うまいな」


 


 素直にそう言ったら、子どもたちが嬉しそうに笑った。


 


 火を囲み、皆で食べる朝餉。


 それは何よりの力になった。


 


 外では雪がまだ降っている。


 吹雪にはなっていないが、風は冷たい。


 


 だけど、俺たちは怯えない。


 この小さな灯りが、俺たちを守ってくれる。


 俺たちの声が、この村を守っていく。


 


 朝餉を終えた後、俺は皆を集めた。


 


 「今日から、新しい訓練を始める」


 


 皆の顔に緊張と期待が走った。


 


 「声を届けるための訓練だ。祈りをただ呟くだけじゃない。命を込める。魂を込める。精霊が聞きたくなるような、そんな声を出す練習をする」


 


 ノシュが目を輝かせた。


 


 「オレ、もっと声、でかくする!」


 


 ユイも笑った。


 


 「唄もう! 踊りもつけたら、精霊たちも楽しくなるかも!」


 


 リラもそっと手を挙げた。


 


 「あたし、刺繍で言葉を作るね。声じゃ届かないとき、手で伝えるために」


 


 みんなの言葉が嬉しかった。


 


 この村は、これからもっと強くなる。


 声も、手も、命も。


 


 吹雪の世界で生きるために。


 誰も置き去りにしないために。


 


 俺は、今日も声を上げる。


 祈りを繋ぐ。


 未来を繋ぐ。


 


 「行こう。俺たちの村を、もっとでかく、もっとあたたかくするために!」


 


 皆が一斉に立ち上がった。

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