第38話

 海中から現れた影は、俺たちがこれまでに見たどんな魔魚よりも異質だった。

 巨大な魚の形をしているが、鱗は黒鉄のように硬そうで、目は深い深い闇色に沈んでいる。

 ただ漂っているだけで、周囲の潮が押し寄せてきた。


 「レン様、あれは……」


 「わからない。けど、普通じゃない」


 俺は潮導核を握りしめた。

 核から伝わる波動は強く、警戒と同時に挑戦を促してきた。


 「どうしますか……戦いますか?」


 シーナが槍を構えながら俺を見る。

 その顔には迷いがなかった。


 「ああ。

  ここで逃げたら、きっと後悔する。

  俺たちは……この波を越える」


 俺が頷くと、シーナも表情を引き締めた。


 「はい、レン様!」


 


 黒い魔魚は、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 その動きは妙に滑らかで、波と一体化しているように見えた。


 「普通の攻撃は通らないかもな……」


 「どうすれば……?」


 「潮を使う。

  この遺跡の潮を、俺たちの力に変える」


 「……わかりました」


 シーナはすっと構え直した。

 俺は潮導核に意識を集中させ、周囲の潮の流れを探った。


 「右から回り込め! 俺が隙を作る!」


 「了解!」


 シーナが素早く右に回り込む。

 俺は左手を突き出し、潮を操作して渦を作った。


 渦に巻き込まれた魔魚がわずかに体勢を崩す。


 「今だ、シーナ!」


 「ええっ!」


 シーナが槍を突き出すが、魔魚の硬い鱗に弾かれた。


 「くっ、硬い……!」


 「まだだ、もう一度!」


 俺は潮の力を増幅させ、魔魚の動きを封じた。


 「シーナ、目を狙え!」


 「はいっ!」


 シーナは体勢を低くして、一気に距離を詰めた。

 魔魚が振り向き、黒い目で睨みつける。


 その瞬間、俺は潮を跳ね上げて視界を遮った。


 「今だっ!」


 シーナの槍が、黒い魔魚の目に突き刺さった。


 魔魚が咆哮を上げ、海を震わせる。

 だが、完全には倒れていない。


 「レン様、まだ……!」


 「わかってる!」


 俺も潮を束ね、鋭い水の刃を作った。


 「くらえっ!」


 渾身の一撃が、魔魚の脇腹に食い込む。

 黒い鱗が砕け、潮が血のように染まった。


 「効いてる!」


 「このまま押し切りましょう!」


 


 魔魚は怒り狂い、巨大な尾で俺たちを薙ぎ払おうとする。

 俺は潮を盾にして受け止めたが、衝撃は凄まじかった。


 「ぐっ……!」


 「レン様っ!」


 シーナが駆け寄ろうとする。


 「来るな! まだ……動ける!」


 必死に立ち上がり、再び潮を操る。


 「今度こそ、決める!」


 「はい!」


 シーナも槍を構え、息を合わせた。


 俺は潮を尖らせ、シーナの突きに合わせて一気に打ち出す。


 魔魚の胸元に二重の衝撃が直撃し、黒い鱗が裂けた。


 「今だ、シーナ!」


 「はいっ!」


 シーナの渾身の突きが、魔魚の心臓を貫いた。


 魔魚がうめくように身をくねらせ、それからゆっくりと沈んでいった。


 


 海が、穏やかさを取り戻した。


 「やった……やりましたね、レン様……!」


 シーナが、信じられないという顔で俺を見た。


 「ああ……俺たち、勝ったんだ」


 重い疲労と共に、全身から力が抜けていく。

 だけど、その中に確かな達成感があった。


 「シーナ、ありがとう。

  お前がいなかったら、きっと無理だった」


 「レン様こそ……私も、レン様がいなかったら……」


 ふたりで顔を見合わせ、自然と笑い合った。


 


 俺たちは浮かぶ石柱に掴まりながら、潮導核を取り出した。


 「見ろ、シーナ」


 「えっ……?」


 潮導核が、まるで息をするように光を放っていた。

 それは今までよりもずっと強く、温かい光だった。


 「潮導核が……進化してる……」


 「たぶん、俺たちが試練を乗り越えたからだ」


 「すごい……これが、レン様の力なんですね」


 「違う。

  俺たちの力だ」


 シーナは目を潤ませながら、頷いた。


 「はい……レン様」


 俺たちは、まだ見ぬ波を目指して、再び海面へと浮上した。

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