第32話

 村での祝宴は、朝から続いていた。

 潮魂石を得たことで、俺たちは島の一員として迎えられた。

 けれど、俺にはもう、ここに留まるつもりはなかった。


 「レン様、本当にもう出発されるのですか?」


 シーナが、俺のそばに立って問いかけてきた。

 その声には、少しだけ寂しさが混じっている。


 「ああ。潮魂石は手に入れた。

  ここに留まる理由はない。

  俺たちには、まだ繋ぐべき波がある」


 そう答えると、シーナは目を伏せた。


 「……わかっています。

  でも、少しだけ寂しいです」


 「俺もだよ」


 手を伸ばして、彼女の頭を軽く撫でる。

 シーナは少し驚いた顔をして、それから恥ずかしそうに目を細めた。


 カイが駆け寄ってきた。


 「レン! もう行っちまうのか?」


 「ああ。ありがとう、カイ。

  お前には本当に世話になった」


 「世話なんかしてねえよ! 勝手に波に乗っただけだ!」


 大声で言いながら、カイは拳を突き出してきた。

 俺も拳を合わせる。


 「次に来たときは、もっと強くなってるからな!」


 「楽しみにしてる」


 カイの顔には、心からの笑顔が浮かんでいた。

 俺も自然と笑みがこぼれる。


 長老が杖をつきながら歩いてきた。


 「レン・タカナ。

  そなたの旅路に、潮の加護があらんことを」


 「ありがとうございます。必ず、波を繋いでみせます」


 長老は深く頷いた。


 「ナグア・アシラの門は、いつでもそなたに開かれている。

  波に迷ったときは、また帰ってこい」


 「はい」


 短く答え、俺は小舟へと向かった。


 シーナも隣に並ぶ。


 「レン様、次はどの波を追いましょうか」


 「まだわからない。

  でも、潮導核が導いてくれる」


 俺は潮導核を手に取り、微かな波動を感じた。


 風が吹き、潮が香る。

 新たな旅の始まりを告げる音だった。


 小舟を海に押し出し、俺は舵を取った。


 「行こう、シーナ。新しい波を探しに」


 「はい、レン様!」


 小舟は波に乗り、ゆっくりと島を離れていく。

 振り返ると、村の人々が手を振っていた。


 俺も手を振り返した。

 この島で得たすべてを胸に、次の海へと進むために。

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