第38話
空が白み始めた。
火の番を続けたまま夜を越えた俺は、立ち上がって肩を軽く回した。体の芯に疲れが溜まっているのはわかっていたが、横になる気にはならなかった。
子どもたちはまだ眠っていた。サティアも、ディーパも、ヴィーラも、アムリタも、微かに動く胸で息をしている。どいつもこいつも、夜の冷え込みの中でよく耐えたもんだ。
シャイレーンドリが静かに歩み寄ってきた。
「そろそろ起こす?」
「ああ」
俺は答えた。
「動き出すぞ。いつまでもここにいるわけにはいかねぇ」
林の中とはいえ、ここはアシュタ州の外れだ。役人や神官の目が届きにくいとはいえ、誰かに見つかれば面倒になる可能性もある。油断はできない。
火に新たな枝をくべ、炭火だけを残して燃やし尽くす準備をする。
何かを始めるなら、まずは痕跡を最小限にしておく。それが旅の基本だ。
俺はサティアに声をかけた。
「起きろ、出発するぞ」
サティアはぱちりと目を開けた。すぐに状況を理解したらしく、慌てて体を起こした。続けてディーパ、ヴィーラ、アムリタにも声をかける。
全員、反応は悪くない。
多少ぼんやりしている奴もいたが、叩き起こさずとも立ち上がれるだけの力は残っていた。
ナンディンが馬車を引き寄せてくれた。
俺は荷物を積み込みながら、子どもたちに指示を出した。
「乗れ。移動は早めに済ませる」
誰も文句を言わず、順番に馬車へ乗り込んだ。身軽なもんだ。もともと荷物なんてろくに持たされちゃいなかったから当然か。
シャイレーンドリも馬車に乗り込む。
俺は最後にもう一度周囲を確認した。抜け道は三本。追手が来る可能性は低いが、万が一を考えて、退路も頭に入れておく。
「ナンディン、北東へ向かえ」
「了解しました」
ナンディンが手綱を引き、馬車が動き出した。
空気は冷たく、乾いていたが、進むにつれて陽が強まっていった。遠くに見える丘の向こう側、俺たちの行き先がある。
子どもたちはしばらくの間無言だったが、次第にささやくように話し始めた。
聞き耳を立てるつもりはなかったが、耳に入ってくる言葉は断片的だった。
「外の空気、あったかいね」
「川の音、初めて聞いた」
「次は、どこに行くのかな」
そんな、ささやかな会話だった。
俺は何も口を挟まなかった。
必要ねぇと思ったからだ。
今はただ、こいつらが自分で感じる時間を邪魔しない。
ナンディンが道を外れ、小道に馬車を進める。
俺たちは大きな街を避け、まだ誰の領土にも染まっていない自由地帯を目指していた。
「アルジュン、聞こえるか?」
シャイレーンドリが小声で言った。
「ああ」
「前方に、村の跡地がある。放棄されてから数年経ってるらしいが、水場が近い。人の出入りもないはず」
「そこを仮拠点にする」
俺は即決した。
子どもたちを野ざらしにするわけにはいかない。
まずは雨露をしのげる場所を確保する。食料と水を確保する。最低限の安全圏を作る。それから次を考える。
全部、順番だ。
俺は荷台に積んである簡易テントの布地をちらりと見た。
使えるもんは何でも使う。
足りないものはこれから揃える。
それだけの話だ。
「あと少しだ。もう少しだけ踏ん張れ」
俺がそう言うと、サティアが小さく頷いた。
ディーパもヴィーラもアムリタも、それぞれのやり方で応えた。
わずかな返事でも、確かな答えだった。
俺はそれを無言で受け取った。
無理に引き出す必要はねぇ。
こいつらが自分で歩けるようにする。それが俺のやることだ。
丘を越えた先に、放棄された村の屋根が見えた。
崩れかけた家屋。雑草に覆われた広場。だが、井戸はまだ生きているようだった。
「……使えるな」
俺はナンディンに合図した。
ここが、俺たちの最初の拠点になる。
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