第9話 出発

 荷造りを終えた家の中は、やけにがらんとしていた。


 ユウトは、いつも座っていた縁側に腰を下ろし、小さなバックパックを抱きしめた。

 そこには、倒したモンスターの魔石、深緑獣との戦いを記録した手帳、そして、母の形見の小さなペンダントが入っている。


 静かな夜だった。

 月の光に照らされたビデン村の田舎道。遠くで、誰かの犬が鳴く声がした。


「なあ、父ちゃん」

「ん?」


 隣で缶ビールをあけたヒデオが、振り向く。


「ここ、もう帰ってこれないのかな」


 ユウトは、初めてそんなことを言った。


 ヒデオは言葉に詰まり、夜空を見上げた。

 しばらくして、ぽつりと答える。


「……どうだろうな。変わっちまうかもしれない。ダンジョンも、村も、俺たちも」


「変わるの、やだな」


「でも――」ヒデオはユウトの頭に手を置いた。「変わらなきゃ、出会えない奴らもいる。強い奴とか、すげえ奴とか。……お前みたいなバカと戦ってくれる、変な魔物とかよ」


 ユウトは笑った。

 それから、何かが溢れるのをこらえるように、バックパックをぎゅっと抱き締めた。


「渋谷でも、強くなれるかな」


「ああ、きっとな」


 ヒデオの声は、ひどく頼もしく聞こえた。


 トラックのエンジンがかかる音が、遠くで響いた。

 二人は立ち上がり、最後に家へ振り返る。


 さようならを言う代わりに、ユウトは拳を軽く胸に当てた。

 それは、ビデン村のダンジョンで、勝利したときにだけ自分に課していた、小さな儀式だった。


 そして二人は、ゆっくりと渋谷へ向かう道へ歩き出した。


 新しい世界が、待っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る