うんこ免除許可証 ― 美しき排泄の終焉 ―

うなな

第1話 神なき排泄の時代

 かつて、排泄とは人間が隠すべき行為だった。スカトロというジャンルは、その極地に位置していた。


 AVの中でも最も“変態的”と見なされ、出演者は顔を隠し、作品はネットの暗い海を漂うのみ。表のメディアで取り上げられることはほとんどなく、見る者も語ることを憚られる存在だった。社会の中で排泄は生理現象であると同時に、“隠すべき恥”として管理され、語られることのない“影の営み”として扱われていたのだ。


 だが、そんな日陰の文化に、やがて一筋の光が差し込むことになる。


 その名は──如月ミカ。


 最初に彼女を見た者たちは、誰もが言葉を失った。

 それはただの美しさではない。整った顔立ちやスタイルの良さだけでは説明のつかない、崇高さと静謐さが、彼女の全身から滲み出ていた。


 カメラの前で便器に腰を下ろすその所作は、決して卑猥でも挑発的でもない。ただそこに在るという静けさ。視線を泳がせることなく、媚びることもなく、まっすぐに“行為”と向き合う姿。


 彼女は、他の誰とも違っていた。

 媚びず、語らず、ただ黙って便器に腰を下ろし、ひとつの“営み”を終える。


 それは、排泄というよりも、祈りだった。

 

 「如月ミカの排泄は芸術だ」──ある美術評論家がこう語ったことがきっかけで、社会は揺れ始めた。


 排泄が芸術?

 そんな馬鹿な、と人は笑った。

 だが、彼女の作品を見た人々の心には、何か得体の知れない衝撃が残った。


 やがて風向きは変わり始める。


 アートギャラリーが作品を展示し始め、批評誌が真面目に論評を行うようになる。大学では『排泄と美学』という講義が立ち上がり、哲学科の学生たちが「身体と存在」について語り合う中で、如月ミカの名前を挙げるようになった。


 文学者は彼女の沈黙を“負の語り”と呼び、宗教学者は彼女の排泄を“現代の聖体拝領”と位置づけた。都市の片隅では、彼女の作品を一心に見つめる者たちが膝をつき、便器を囲んで無言の祈りを捧げるような小集団が現れはじめた。


 スカトロAVはもはや地下文化ではなく、思想と芸術と信仰を孕んだ“表現”と見なされるようになっていた。


 街のポスターにミカの名前があり、便器を模した現代彫刻が百貨店に展示され、公衆トイレには静音設計とともに「沈思の間」という名がつけられる──そんな時代が訪れた。


 排泄はもはや恥ではなく、精神の解放であり、身体の純粋な証明だった。


 だが、その異常なまでの盛り上がりの中心にいたのは、ただ一人。


 如月ミカという、排泄を芸術に変えた沈黙の女神だった。


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