(6) 辛嶋の役目

◇◆◇


 阿古の姉が訪れたあとも、阿古から相談や愚痴を聞くことは一切なかった。だから鷹人も、自分からその話題に触れることはしなかった。

 阿古は時折、ぼんやりと何かを考えているようなことはあったものの、基本的にはいつも通りだった。


 ――だからこそ、だったのかもしれない。


 姉の訪問から一月半ほどが経ったある日、

阿古が髪をきれいに下ろし、神職の衣を身にまとった姿で『じい』と共に現れたとき――

さすがの鷹人も、呆然と立ち尽くすしかなかった。


 胸の内に次々と押し寄せる感情を処理しきれず、気の利いた言葉すら思い浮かばなかった。

 阿古もまた、どういう顔で鷹人に向き合えばいいのか分からない様子で、終始うつむいていた。


 ただ、『じい』だけは珍しく饒舌だった。

 明日から神宮へ上がること。しばらくは忌子いみご見習いとしての稽古を受け、いずれは姉・辛嶋与曽女からしまのよそめが女禰宜に就く際、その姉を支える役目を担うであろうこと――

 語りながら涙を流すその姿は、本当に嬉しそうだった。


「そうか、明日行くのか」


 ――寂しくなるな。


 鷹人は、そう言いたかった。だが、それは飲み込んだ。

 今日ここに来るまでに、阿古がどれほど悩み、思いを巡らせたかを思うと、引き留めるような言葉は、決してかけてはいけないと思ったのだ。


「また、こっちに戻ってきたら……遊んでくれる?」


 ぎこちない笑みを浮かべて、阿古は鷹人を見上げた。その瞳は、慰めの言葉を待っていた。


 けれど鷹人は、少しの間黙ったあと、そっと首を横に振った。


 その瞬間、阿古の顔がみるみるうちに歪む。

 泣き叫びたくてたまらない――そんな感情を押し殺すように阿古は唇を震わせ、衣の裾をぎゅっと握りしめて、肩を小さく震わせた。


 鷹人は、そっとその肩に手を添えた。

 そして、優しく、穏やかに微笑んだ。


「これからは俺が行くよ。毎日は無理だけど、距離はたいしたことない。それに、今度養父が馬を贈ってくださるらしいんだ」


「……いいの?」


「お前は四年も、宇佐川を渡って来てくれた。今度は――俺の番だろ」


 その一言に、阿古は堰を切ったように泣き出した。


 翌日。鷹人は大神の仲間たちに声をかけ、宇佐川を渡ってくる阿古の輿を出迎えた。


 そして――神宮へと続くまっすぐな勅使の道を、阿古の姿が見えなくなるまで、ただ黙って見送った。

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