第2話 隠された傷
教室は朝の陽光で明るく照らされていた。高橋明日香は窓際に立ち、登校してくる子どもたちを見守っていた。その中に小さな影を見つけた。桜井沙耶だ。いつもより少し早い時間だった。
沙耶は校門をくぐると一度立ち止まり、深呼吸をした。そして顔を上げた時、高橋には見覚えのある「学校用」の表情になっていた。明るく元気な小学一年生の顔だ。誰も、彼女が今朝も四時半に起きて勉強していたことを知らない。朝日がまだ昇りきらない暗い部屋で、小さな机に向かい、算数ドリルのページをめくる音だけが響いていた時間のことを。
「おはようございます、先生!」教室に入った沙耶は、高らかな声で挨拶した。
「おはよう、沙耶ちゃん。今日は早いのね」高橋は微笑みながら言った。
「はい!お日様も気持ちよく出ていますね」沙耶は窓の外を指さした。昨日までの雨は上がり、清々しい朝だった。小さな手は窓ガラスに映る光を追いかけるように動いた。
高橋は微笑んだが、その目は真剣だった。昨日の会話が頭から離れなかった。_「ママが死んでから、お父さんが遊ぶことを禁止したので…」_ あの時の沙耶の表情は、言葉とは裏腹に暗く沈んでいた。それが高橋の心に引っかかっていた。
「沙耶ちゃん、昨日の『ふしぎの国のアリス』、続きを読みたい?」高橋は本棚から例の本を取り出した。カラフルなイラストが表紙を飾る童話だった。
沙耶の目が一瞬輝いた。瞳の奥に小さな炎が灯ったように見えた。「でも…」彼女は言葉を選んでいるようだった。小さな唇が僅かに震えている。「授業が始まりますよね?」
「まだ時間があるわ。少し読んでもいいのよ」高橋は優しく言った。教室の時計は八時十五分を指していた。授業開始まであと十五分ある。
沙耶は恐る恐る本を受け取った。まるで高価な宝石を手渡されたかのように、両手で丁寧に包み込むようにして持った。彼女が開いたページには、不思議な動物たちとお茶会の場面が描かれていた。三月うさぎと帽子屋、そしてアリスが奇妙なお茶会を開いている場面だ。
「先生」沙耶は小さな声で言った。ほとんど囁くように。「この本、本当に持って帰ってもいいんですか?」彼女の目には不安と期待が入り混じっていた。
「もちろん」高橋は優しく答えた。「でも、お父さんは本を読むことについて何か言ってる?」できるだけさりげなく尋ねたつもりだったが、その質問は意図せず重みを持ってしまった。
沙耶の表情が一瞬凍りついた。まるで氷の彫刻のように動きが止まった。「勉強に関係ない本は…」彼女は言葉を濁した。そして急に表情を明るくして付け加えた。「でも大丈夫です!お父さんに『学校の先生がくれた本だから』って言えば!」
その瞬間、高橋は沙耶の言葉の裏に隠された意味を感じ取った。「学校の先生」という権威を盾にすれば、父親の怒りから守られるかもしれないという計算。それは一年生の子どもが自然に考えることではない。生存のための戦略だ。
その時、他の生徒たちが教室に入ってきた。元気な声と笑い声が教室に響き渡る。沙耶はすぐに本を高橋に返し、自分の席に向かった。本を手放す時の彼女の表情に、高橋は胸が痛んだ。それは諦めと失望が入り混じった表情だった。
「また後で読もうね」高橋は声をかけたが、沙耶はもう「クラスメイトの沙耶ちゃん」モードに切り替わっていた。友達に明るく話しかけ、笑顔で宿題の話をしている。その変身の速さに、高橋は改めて驚いた。
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「今日は体育の時間です。二人組になって、ボール投げをしましょう」体育教師の田中先生が校庭で説明した。五月の風が心地よく吹き、子どもたちの歓声が空に舞い上がる。
沙耶はいつもの明るい笑顔で、佐藤美咲に近づいた。「美咲ちゃん、一緒にやろう!」彼女の声は弾むようだった。
美咲は嬉しそうにうなずいた。二つの黒いおさげ髪が揺れる。「うん!沙耶ちゃんと組みたかったの!」
沙耶は学校での人間関係を維持することに長けていた。クラスでは明るく社交的な「桜井さん」として知られていた。先生たちからも「周囲に気を配れる思いやりのある子」と評価されていた。
沙耶と美咲はボールを投げ合い始めた。赤いゴムボールが二人の間を行き来する。沙耶の動きは少し硬かったが、笑顔は絶やさなかった。しかし、美咲が少し強めに投げたボールが、沙耶の右腕に当たった時、彼女は思わず悲鳴を上げた。
「痛っ!」沙耶は腕を抱え込み、顔をしかめた。
「沙耶ちゃん、大丈夫?」美咲が駆け寄った。美咲の顔には心配の色が濃く出ていた。「ごめんね、強く投げすぎちゃった…」
「大丈夫、大丈夫!」沙耶は慌てて笑顔を取り戻そうとした。「私が受け損ねただけだよ!」しかし、涙が目に浮かんでいるのは隠せなかった。
その様子を見ていた田中先生が近づいてきた。「桜井さん、見せてごらん」穏やかだが、しっかりとした声だった。
沙耶は腕を見せることを躊躇った。一瞬、彼女の目に恐怖の色が浮かんだ。「大丈夫です、先生…本当に…」
しかし田中先生が優しく袖をめくると、肘から上に紫色のあざが見えた。それは今日のボールの衝撃でできたものではなく、数日前からあるものだと一目でわかった。あざの色が変わり始めており、黄色みがかった縁取りがあった。
「これは…」田中先生の表情が曇った。彼は高橋先生を目で探し、見つけるとわずかに顎をしゃくった。
「転んだんです!」沙耶は急いで答えた。まるで準備していた答えを言うかのように。「階段で、自分の不注意で。お父さんにも叱られちゃいました、気をつけなさいって」
田中先生と駆けつけた高橋先生が目を合わせた。高橋は小さくうなずき、沙耶を保健室に連れて行くことにした。
「沙耶ちゃん、ちょっと保健室で冷やしておこうか」高橋は優しく言った。
沙耶は片足でじっと立ったまま、美咲を見た。「ごめんね、続きできなくて」
「大丈夫だよ!」美咲は言った。「休み時間にまたしようね」
高橋は沙耶の小さな背中を見つめながら歩いた。白いブラウスからのぞく首筋には、何かが引っ掛かったような小さな傷跡が見えた。
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保健室では、山田先生が沙耶の腕を丁寧に調べた。消毒液の匂いが漂う静かな部屋で、沙耶は大人しく座っていた。
「痛くない?」山田先生は冷たいタオルを腕にあてながら尋ねた。
「大丈夫です」沙耶は小さく答えた。
山田先生は経験豊かな目で、沙耶の腕のあざをじっくりと観察した。「このあざ、ボールが当たる前からあったのね?」
沙耶は黙ってうなずいた。
「他にも痛いところはある?」山田先生は優しく尋ねた。それは単なる問診ではなく、隠された問題を探る質問だった。
沙耶は黙って首を横に振った。その目は床に固定されていた。
「本当に?」山田先生は優しく尋ねた。「先生たちはみんな沙耶ちゃんの味方だから、何でも話してくれていいのよ」彼女の声には温かみがあった。
沙耶は膝を抱え込むように座り、じっと床を見つめた。そこには保健室の緑色のリノリウムの床が広がっていた。長い沈黙の後、彼女はようやく小さな声で言った。「背中…少し痛いです」
山田先生は高橋に視線を送り、静かにうなずいた。彼女が沙耶にブラウスを上げてもらうと、背中に細長いあざがいくつか見えた。まるで何かで打たれたような跡だった。ベルトか細い棒のようなもので叩かれたような形状だ。
高橋は息を飲んだ。胸の内で怒りが湧き上がるのを感じた。「沙耶ちゃん、これは誰が…?」
沙耶の全身が震え始めた。しかし彼女は顔を上げると、驚くほど落ち着いた様子で言った。「転んだんです」彼女は繰り返した。「階段で。でも、お父さんのせいじゃありません。お父さんは私のことをとても大切にしてくれます」
その言葉には説得力がなかった。まるで暗記した台詞を言っているようだった。
「沙耶ちゃん」高橋は彼女の前にしゃがみ込み、小さな手を取った。「誰かに傷つけられたなら、それは沙耶ちゃんのせいじゃないわ。先生たちは守ってあげたいの」
沙耶は泣き出した。しかしそれは静かな涙だった。声を上げて泣くことすら、彼女は許されていないのだろうか。「でも、お父さんは…」彼女は言葉を詰まらせた。「お父さんは私のためを思って…私が賢くなるように…お母さんみたいになれるように…」
「お母さんみたいに?」高橋は優しく尋ねた。
沙耶はポケットから小さな写真を取り出した。そこには美しい女性が微笑んでいた。沙耶にそっくりの、しかし大人の女性だ。「ママは東大を出たんです。とっても頭がよくて。私もそうならなきゃいけないの」
高橋と山田は顔を見合わせた。二人の目に決意の色が浮かんだ。これは明らかに虐待のケースだった。しかし、沙耶自身がそれを虐待と認識していないことが問題をより複雑にしていた。
「沙耶ちゃん、もう少し保健室で休もうね」山田先生は言った。「高橋先生とお話があるから」
二人の教師は廊下に出た。「校長先生に報告します」高橋は言った。「そして児童相談所に連絡を」
山田先生はうなずいた。「あの子、よく耐えてきたわね…でも、虐待の自覚がないわ。これは難しいケースになりそう」
「父親は『教育熱心』を装って虐待を正当化しているんです」高橋は静かな怒りを込めて言った。「沙耶ちゃんはそれを『愛情』だと思わされている」
「とにかく、証拠を集めましょう」山田先生は言った。「写真を撮っておきます」
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職員室では、高橋先生が校長と面談していた。「桜井沙耶さんの体に複数のあざが見つかりました」高橋は報告した。「明らかに虐待の痕跡です」
校長の鈴木先生は眉をひそめた。「確かに深刻な状況に聞こえるね。児童相談所には連絡したのかい?」
「はい、すでに電話で状況を伝えました。今日中に担当者が来るとのことです」
「桜井さんの父親は…確か弁護士だったよね?」校長は思い出したように言った。
高橋は驚いた。「そうです。刑事弁護を専門にしていると聞いています」
「なるほど」校長は椅子に深く腰掛けた。「慎重に進める必要があるね。証拠はしっかり集めたかい?」
「山田先生が写真を撮りました。それに沙耶ちゃん自身も『背中が痛い』と言っています。ただ…」高橋は言葉を選んだ。「彼女は父親をかばっています。『私のため』だと思っているようです」
校長は深いため息をついた。「難しいケースだ。父親が法律の専門家なら、彼も簡単には認めないだろう」
その時、事務員が職員室に入ってきた。「児童相談所の方が来られています」
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会議室には、校長、高橋、山田先生、そして児童相談所の職員二人が集まっていた。男性の池田さんと女性の佐々木さんだ。
「状況を詳しく教えてください」池田さんは穏やかに言った。彼は四十代半ばで、経験豊かな様子だった。
高橋先生が沙耶の様子、発見されたあざ、そして彼女の言動について説明した。山田先生がタブレットで撮影した写真を見せる。
「これは確かに懸念すべき状況です」佐々木さんが言った。彼女は真剣な表情で写真を見ていた。「しかし、実際に対応するとなると…」
「どういうことですか?」高橋は眉をひそめた。
池田さんが説明した。「現在、児童相談所のリソースは極めて限られています。緊急性の高い案件が山積していて…」
「これは緊急ではないのですか?」高橋の声には怒りが滲んでいた。「あの子は常に恐怖の中で生きているんです!」
「高橋先生のお気持ちはわかります」佐々木さんは静かに言った。「ただ、現実問題として、私たちが対応できる案件には限りがあります。特に、子ども自身が虐待を認めておらず、父親を庇っている場合…」
「つまり、何もしないということですか?」山田先生も声を上げた。
池田さんは首を振った。「そうではありません。まずは家庭訪問を行い、状況を確認します。そして父親との面談を設定します。ただ、強制的な保護となると、もっと明確な危険の証拠が必要になります」
「父親は弁護士です」校長が言った。「法的な抵抗も予想されます」
池田さんはため息をついた。「それも難しさの一因ですね。法律を知っている親は、ぎりぎりの線で動くことが多いです。明確な虐待の証拠を残さないように」
高橋は怒りに震えた。「では、もっとひどい暴力を受けるまで待つのですか?」
「そうではありません」佐々木さんは言った。「できることから始めましょう。まずは父親との面談。そして家庭環境の調査。それから、学校での沙耶さんの様子を継続的に観察していただきたいです」
会議は一時間以上続いた。最終的に、児童相談所は翌日に桜井家を訪問し、その後、父親との面談を設定することになった。それまでの間、学校は沙耶を注意深く見守ることになった。
高橋は不満だった。「これでは遅すぎるかもしれない」と彼女は思った。しかし、システムの限界も理解していた。
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放課後、桜井誠は娘を迎えに来た。彼は教室の前で沙耶を待っていた。背筋をピンと伸ばし、スーツ姿の彼は厳格な印象を与えた。
「お父さん!」沙耶は彼を見つけると、表情を明るくして駆け寄った。しかし高橋の目には、その笑顔の裏に緊張の色が見えた。
「遅かったな」誠は時計を見て言った。冷たさはなかったが、あたたかさもなかった。
「ごめんなさい。先生とお話してました」沙耶は言った。
高橋は桜井親子に近づいた。「桜井さん、少しお話できますか?」
誠は高橋を見た。彼の目は鋭かったが、礼儀正しく微笑んだ。「何かありましたか?」
「体育の時間に沙耶ちゃんが怪我をしまして」高橋は慎重に言葉を選んだ。「保健室で診てもらったのですが、以前からあるあざも見つかりました」
誠の表情が硬くなった。しかしすぐに和らげ、沙耶の頭に手を置いた。「ああ、階段で転んだんですよね。沙耶、言ったのかい?」
「言いました」沙耶は即座に答えた。「先生にちゃんと説明したよ」
誠は高橋を見て微笑んだ。「子供は活発ですから。特に沙耶は少し不器用で、よく転びます。私も注意するように言っているのですが」
その自然な対応に、高橋は一瞬言葉に詰まった。「背中のあざも…転んだものですか?」
誠の目が僅かに細くなった。「背中?」彼は沙耶を見た。
「体育の後、シャワーを浴びる時に先生が見たんだよ」沙耶は流暢に説明した。「階段の手すりにぶつかったって言ったよ」
誠は満足したように微笑んだ。「そうですか。心配かけてすみません。家でも気をつけるよう、改めて話しておきます」
高橋は彼らの息の合った対応に、胸が締め付けられる思いだった。これは明らかに準備された対応だ。沙耶は父親をかばうよう訓練されているのだろう。
「ところで」誠は話題を変えた。「沙耶の成績はどうですか?算数の最近のテストが95点で、少し心配しています」
高橋は驚いた。「95点は十分素晴らしい点数です。クラスでもトップレベルですよ」
「家では100点を目指すよう指導しています」誠は静かに言った。「妻が…沙耶の母親が生きていたら、そう望んだでしょうから」
「お父さん、明日は100点取れるように頑張る」沙耶は真剣な表情で言った。まるで小さな大人のように。
高橋は言葉を失った。この父娘の関係は、外からは理解しがたいものだった。虐待なのか、それとも単なる厳格な教育なのか。線引きは難しかった。
「明日、児童相談所の方が家庭訪問に伺うと思います」高橋は最後に言った。
誠の顔から一瞬血の気が引いたが、すぐに冷静さを取り戻した。「何かあったのですか?」
「定期的な訪問です」高橋は嘘をついた。「特に問題があるわけではありません」
「そうですか」誠は沙耶の手を取った。「では、失礼します。沙耶、行くよ」
沙耶は高橋に向かって深々と頭を下げた。「先生、ありがとうございました。明日も頑張ります」
高橋は彼らが去っていく背中を見つめた。沙耶の小さな肩が緊張で固まっているように見えた。
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翌日、児童相談所の佐々木さんが桜井家を訪問した。二階建ての家は、整然として清潔だった。モダンな家具が配置され、壁には沙耶の母親の写真と、沙耶の賞状がいくつか飾られていた。
「突然の訪問で申し訳ありません」佐々木さんは言った。
「いいえ、学校から連絡がありましたので」誠は穏やかに答えた。彼はスーツこそ着ていなかったが、きちんとしたシャツとスラックス姿だった。「何かお茶をお出ししましょうか?」
「結構です」佐々木さんは家の中を観察しながら言った。「沙耶さんのお部屋を見せていただけますか?」
「もちろん」誠は沙耶の部屋へと案内した。
沙耶の部屋は、一年生の子どもの部屋にしては整然としていた。勉強机には参考書が整然と並び、壁には時間割表と学習計画表が貼られていた。しかし、おもちゃやぬいぐるみはほとんど見当たらなかった。
「沙耶は今、学校ですか?」佐々木さんは尋ねた。
「いいえ…家にいますよ」誠は答えた。
「昨日、学校で何かあったようですね?」
佐々木さんは慎重に言葉を選んだ。「沙耶さんの体にあざがいくつか見つかったそうです」
誠は深いため息をついた。「階段で転んだんです。私も注意するように言っているのですが…」
「背中のあざも転んだことで説明できますか?」佐々木さんは静かに尋ねた。
誠の表情が硬くなった。「どういう意味ですか?」
「桜井さん」佐々木さんは真っ直ぐに彼を見た。「虐待の疑いがあります」
誠は椅子に座り込んだ。「冗談じゃない」彼は声を上げた。「私が沙耶を虐待?そんなことはありません。沙耶自身に聞いてください」
「お子さんが親をかばうことはよくあることです」佐々木さんは言った。
誠は立ち上がった。「私は弁護士です。法律を知っています。根拠のない疑いをかけることは名誉毀損になりかねません」
佐々木さんは冷静さを保った。「脅しているわけではありません。沙耶さんの福祉が最優先です」
「沙耶の福祉?」誠は冷笑した。「私は娘に最高の教育を与えているんです。勉強、ピアノ、英会話…すべて彼女の将来のために」
「体罰は教育の一部だとお考えですか?」佐々木さんは尋ねた。
誠は目を見開いた。「体罰?いいえ、私は沙耶を叩いたりしません。時に厳しく叱ることはありますが、それは愛情があるからです」
佐々木さんは沙耶の写真立てを手に取った。そこには母親と幼い沙耶が写っていた。「お母様を亡くされたのですね」
誠の表情が変わった。一瞬、脆さが見えた。「三年前です。白血病でした」
「辛かったでしょうね」佐々木さんは静かに言った。
「妻は…沙耶には最高の教育を受けさせたいと願っていました」誠は言った。「彼女自身、東京大学出身で…」
「それで沙耶さんにも同じ道を歩ませたいと」
「そうです」誠は力を込めた。「沙耶には可能性があります。私はその可能性を伸ばしているだけです」
佐々木さんは部屋を見回した。「おもちゃが少ないですね」
「遊びよりも勉強が大事だと教えています」誠は言った。「この競争社会で生き残るには、早くから準備しなければ」
「子どもには遊ぶ権利もあります」佐々木さんは静かに言った。「それも成長に必要な要素です」
誠は、徐に沙耶を突き出すと耳元で誘導する様に囁いた。
「ほら…沙耶…言って差し上げなさい…」
「うん…私は、虐待なんかされては、いません、これは、お父さんの愛の鞭なんです…」
沙耶は、無機質に淡々と予め決められていた言葉を復唱するように言った。
「貴方は!」
佐々木さんは、つい声を荒げてしまっていた。誠が沙耶を操っていたのが分かったからだ。
「いい加減出て行かないとこちらも法的処置を取らせもらいますよ」
「……クッ」
佐々木は、その日は、帰らざるおえなかった。
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