第24話 楽しかったことだけ

「……そこからは、知っての通りだよ」

フィルマシエルの声がかすれる

「私たちはオーエン達の言うままに、獣人を殺していった。女も……子供も、いた」


ぽろぽろと、涙がこぼれる


「そいつらも殺した。あの時は記憶がなかったから、我慢すればできた。でも今は違う……殺された側の気持ちを、知っちゃったんだ」

震える声。肩も、手も、小刻みに揺れる


「まるで……私たちがしたことは、あの時の獣人と同じじゃないかよ!」


ルクスがそっと、頭を撫でる。


「私たちは……何のために獣人を殺してたんだよ……」

フィルマシエルの嗚咽に、言葉が途切れる

「オーエン達は、最後まで理由を教えてくれなかった……だから――」


「――辛かったね。悔しかったよね。復讐、したかったよね」

ルクスの声はやわらかく、手は優しく髪を撫で続ける。


「ずっと我慢してきたんだね。えらいよ。……フィルマシエルは優しいからそんなふうに思えるんだよ」


「ルクス―—―」

フィルマシエルが口を開く


「ねぇ、フィルマシエル。私思い出したんだ」

ルクスがフィルマシエルの頭をなでる手を止め、顔を上げる


「―—―え?」

フィルマシエルが目を見開く


「フィルマシエルの話を聞いてたら思い出せた。ありがとう―—―でもね、思い出せなかったんだ。フィルマシエルが言ってた事」


「それって、どういう――」


「獣人に襲われた事は思い出せなかった。ごめんね」

ルクスが笑みを浮かべる

「でもテムテムの呪いって思えてる?」

ルクスは明るい声でフィルマシエルに尋ねる


「……覚えてない」


「……マテリア先生が連続で転んだとき、みんなで呪いだ呪いだってふざけて騒いだじゃん」

ルクスが笑顔で言う

「じゃぁさ、アレは覚えてる?プリムスがヌメルフェリスと付き合ったとき―—―」


「—―—覚えてない」


フィルマシエルがルクスの言葉を遮る


「じゃぁさ―—―」

ルクスが笑顔で話しだすが


「—―—覚えてない!覚えてないんだよ、何にも覚えてない。獣人たちに襲われて怖かったことしか覚えてない」

フィルマシエルの声が震えている


「なんでかな、私も思い出すんだったらルクスみたいに楽しかったことだけ思い出したかったなぁ」

フィルマシエルの涙がルクスの服にシミを作る


フィルマシエルの背中をルクスがさする


「ゴメンね、本当にゴメン。私ってバカだね。」

フィルマシエルの声がだんだんとかすれていく


「—―—もうさ、私死にたいんだ。」

フィルマシエルがポツリと言った


「—―—私も」

ルクスの抱き着く手が強くなる


「—―—え」

フィルマシエルが自分の耳を疑う


「わたしってさ、もう長くは生きられないんだ。明日には死んでるかもしれないし、今死ぬかもしれない」

ルクスがポツリポツリと話し始める


「でもネモに太陽結晶変えてもらえば―—―」

腹の底からなんだか気持ちの悪いものが這いずりあがってくる


「オーエンに見てもらったんだよ……錆びてるの太陽結晶だけじゃなかった」


―――もうやめて


「体のいたるところが錆びててね。今の私の体じゃネモの所に行く前に死ぬって」


―――もうやめて


「だから一緒に死なない?」


―――もうやめて


「もういいじゃん苦しまなくて、一緒に死のうよ」

ルクスは優しくフィルマシエルに向かって言った


「……うん」


「ありがとう」

ルクスの目になみだが浮かぶ


そう言いフィルマシエルから少し離れる


「せめてさ、これだけは思い出してよ」

そう言いルクスは自分の胸に手をあてる


「しょっちゅうコレでマテリア先生にいたずらしてたじゃん」


……何だっけ、それ。


「プリムスとアルボルがやり始めてブームになって―—―」


……そうだっけ。


「あんま仲良くない子までみんな真似し始めちゃって―—―」


……そうなんだ。


「—―—やっぱり思い出せないよね」


「……うん」


「……次会うときはさ、天国か地獄かわかんないけど、そん時ゆっくり話そうね」


「うん」


2人の頬を静かに涙がつたう


「殺すときは……痛くしないでね」


「……うん」


ルクスが軽く息を吸いこみ、フィルマシエルの瞳をまっすぐ見つめる

笑顔が―—―ほんの一瞬、震えた。


「くらえ!チクビィーーーム!」


ドォオオオオオオンッ!


閃光と爆炎

フィルマシエルの輪郭が光に飲み込まれ、

――やがてチリとなって消えた。


ドサッ―――


『エネルギー不足のため魂の保持が不可能になりました。機体と魂の分離を開始します』


ルクスが膝から崩れ落ちる


―――あぁコレが走馬灯か


ルクスに過去のいろいろな記憶が流れてくる


―――チクビームか、あんなことやったのいつぶりだろう

男子たちがマテリア先生にやって毎回怒られてたな

誰か1人怒られると皆散り散りに逃げていって、また少ししたら同じ事して、逃げてって

今考えるとバカみたい。恥ずかしい


「—――師匠!」


かすんだ視界の端に可愛い私の弟子が映った


―――良かった、これで安心して死ねる。ばいばい

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