第6話 ミソロジーコード


『進行方向に障害が発生した為、緊急停止致し

 ます』


 エレベーターの天井から、無機質な声でアナウンスが流れた。


「やはりですか……感情の制御の難しさには苦

 労します……」


 シンラの予測が的中する。

 進行に異常がある確率は93%だったが、もしかしたら……と微かな希望を持ってしまっていた。


『ふぅ……ここからエレベーターを使わずに地

 上を目指すとなると危険度が上昇します

 し……とりあえず起こしますか』


 シンラはナナシの鼻と口を思い切り摘んだ。

 みるみるナナシの顔が次第に赤くなり、次第に青ざめていく。


「まじで死ぬって!!……あれ?むしろ生きてる

 の?」


 ナナシは飛び起きて、辺りを見渡す。

 シンラが横に座っていて、小さな箱の様な空間にいることが分かった。


「主……ナナシ、私が誰か分かりますか?」


 シンラが少し不安そうな顔で聞いてきた。


「それはもちろん……俺の…………相棒?」


「はぁ……そうですね、相棒です」


 シンラが溜息をついて、ナナシにジト目を向ける。


「聞いた私が馬鹿でした……時間がないので簡

 潔に説明します。

 私は貴方に作られた感情を持つAIです。

 貴方が記憶を消失したせいで、起きたら話す

 と約束した事を全て聞けずにいます。

 私がベノムに渡る事は絶対に阻止して欲しい

 とも言ってました。

 ……ただナナシはちゃんとまた私と会ってく

 れました……」


 シンラはすごい勢いで責めるようにナナシに説明したが、最後の一言はどこか優しさが感じられた。


「なんというか……知らない俺が随分ご迷惑を

 おかけしたみたいで……とりあえず、ただい

 ま」


「…………おかえりなさい。

 脱出に向けて一番安全なルートを索敵しま

 す」


 シンラはジト目のまま立ち上がると天井に向けて手を伸ばした。


「そう怒らないでくれよー。

 頼りにしてるよ、相棒!!」


 意外にもシンラの変化をあまり気にせずに、ナナシはいつもの調子に戻っていた。

 シンラはその事が少し気になり、ナナシに質問する。


「あの……何か聞きたい事とかありません

 か?」


「ん?今は置いとく。

 とりあえず2人でここから出たら、整理しよ

 うと思ってな」


「変にあっさりしてるのは変わってません

 が……ナナシの言う通りです。ちょうど今脱

 出ルートの選定が終了しました、脱出を開始

 します」


 そう言うとシンラは、ナナシをお姫様抱っこする。

 次の瞬間にはシンラが蹴り上げた足が、天井を粉々に切り刻んでいた。


「お姫様様気分だ、惚れ直しちゃう!!」


「勝手に惚れ直さないでください。

 ------反重力フィールド展開、しっかり捕まっ

 ててください」


 そう言うと、シンラは少し浮かぶと加速してエレベーターから脱出した。


 移動を開始するとすぐに後方から、不気味な羽根の音が聞こえてきた。


「少しゆっくりし過ぎましたね……予想より12

 秒速いです。

 このままだと25秒後には追いつかれるので、

 迎撃を提案します。ナナシ、良いですか?」


「それは良いけど、戦闘機能ついてたっけ?」


「それも、ナナシがコールドスリープする前に

 追加しました。恐らくベノムとの戦闘になる

 事は予測済みだったのでしょう」


「あ、そうだった!そんな気がする!」


「覚えてないでしょ……停止したため会敵時間

 が短縮されます。……来ます」


 シンラが停止をすると、遠くから4つの赤い点が不愉快な羽音ともに大きくなって近づいてきている。


「ナナシ、少しだけ揺れますが一瞬で終わらせ

 ます」


 そう言うとシンラは近づいてくるベノムに手の平を向けた。

“カシャン”と言う音とともに、中心に光が集まりだし、次の瞬間には鋭いビームのようなもので、ベノムを消滅させていた。


「まじかよ……あっさり倒すなぁ」


「対象の駆逐だけを目的とするなら、簡単です

 から。

 問題はこの後です」


 シンラがぐるっと施設を見回す。

 すると施設全体が揺れ始め、次第に崩れ始めた。


「300年前となれば流石に脆くなってますか

 ら。

 地上付近で迎撃しなければ、崩壊に飲み込ま

 れてしまいます」


 シンラはナナシを抱え、崩れ落ちる瓦礫避けながら地上に向けて最短距離を進んでいる。


 ------予測落下障害物数150%オーバー


「通りで先ほどから、体に掠るわけですね……

 予想より大分老朽化が進んでいたようです」


 体の損傷より、ナナシの安全を優先していることで傷も更に増え続けている。


 何とか避けられてはいるが、ナナシから見てもかなりギリギリのラインだった。


「シンラ、ボディの重さを教えろ」


「な、何ですかいきなり!?デリカシーまで忘れ

 てきたんですか!?手離しますよ!?」


 いきなりの質問にシンラは思わずナナシの胸ぐらを掴む。


「ご、誤解だって!これからの作戦に必要な情報

 なんだよ!俺が逆に地上でシンラを抱っこ出来

 るか確認したいんだよ」


「だとしても言う訳ないですよね?……成人男性

 なら恐らく出来る重さです」


 シンラは顔が赤くなっているのを隠すために、わざと動きを激しくした。


「了解、シンラ一気に脱出するぞ?

 時間は1分以内だ。

 ミソロジーコード ヘルメスを起動」


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