第24話 斎ノ巫女

「穂積さんは、ここで何を?」


 灯凜の声は小さく、少し震えていたが、俺たちの間に割って入る勇気は失っていなかった。

 彼女の手は膝の上で小さく握りしめられていた。


「任務の合間に少し休息をな」


 淡々と答えると、穂積は灯凜に鋭い視線を向ける。


「水無月、と言ったな」


 その眼差しには好奇心と、何か別の感情が混ざり合っていた。

 穂積の言葉には不思議と重みがあり、その一言一言が場の空気を支配していた。


「えっ、あ、はい」


 突然の問いかけに、灯凜は息を飲んだ。

 穂積が一瞬だけ団子を見つめる。

 その表情に複雑な思いが交錯する。


「水無月とは、かつて〝斎ノ巫女いつきのみこ〟と呼ばれし、神穿ノ禍祓を鍛え上げた伝説の巫女の名じゃ。その水無月が、〝始まりの災禍〟と呼ばれる大妖怪・禍津日に深手を負わせ、忽然と姿を消したという伝承がある」


 穂積の言葉には敬意と憧れが滲み、その瞳は遠い過去を見つめるように曇った。

 風が吹き抜け、彼女の長い黒髪が静かに揺れる。


「ちなみに、その禍津日。力を蓄えて復活したところを俺が討ち取ったぞ」


 俺は誇らしげに告げ、串を傾けてあらためて団子に齧りついた。


「斎ノ巫女……」


 今度は灯凛が驚いたように唖然とする。彼女の青い瞳が大きく見開かれ、震える唇から言葉が絞り出された。


「私の曾祖母ちゃん、水無月斎みなつきいつきって名前なんです」


 その言葉に再び穂積が目を見開く。

 彼女の表情から冷淡さが消え、純粋な驚きと興味が浮かび上がった。


「ちなみに、曾祖母ちゃんの年齢は?」

「今年が2025年だから……確か今年で98歳だよ」


 俺と灯凛が日本に来た時差から、日本はこの世界の十倍の速さで時が進むと仮定すれば――


「穂積」

「水無月様が消失したのは、800年前じゃ。当時は18歳のはずじゃ」


 俺の考えていることをそれとなく察したのか、先んじて答える穂積。

 どうやら植えつけられた俺への憎しみよりも、灯凛への好奇心が勝ったようだ。

 800年前ということは、日本では80年前と仮定できる。

 そうなると、ピッタリ歳があってしまう。


「禍厳雷よ。灯凛殿の奇怪な格好はもしや?」

「ああ、この世界とは時間の流れが異なる世界。日本からやってきたからだ」

「異世界へ逃げ延びた水無月様は子孫を残し、その子孫が神穿ノ禍祓に呼ばれた」


 灯凛は不安げに俺と穂積、二人を交互に見やる。

 正直驚いた。まさか伝説の巫女と血縁関係があったとは。やはり、灯凜はなるべくして異世界転移をしたということか。


「なるほど。灯凜殿は斎明の血を継ぐ者。故に神穿ノ禍祓を扱えたというわけか」


 穂積は背筋を伸ばし、凛とした声で告げた。

 その声色には以前なかった尊敬の色が垣間見える。


「つまり、私が日本から転移してきたのは、曾祖母ちゃんがこっちの人だから?」


 灯凛がぽつりと呟く。

 その声には混乱と共に、何かを悟ったような静かな確信も含まれていた。

 この少女の謎がまた一つ明らかになったところで、新たな謎も生まれる。


「結局、俺の人外転生はなんだったんだよ」


 俺は肩をすくめ、自嘲気味に言った。

 俺の場合は灯凜とは経緯が違う。今でこそ気に入って入るが、転生当時は絶望も良いところだったぞ、人外転生なんて。


「転生? 何を言うておるのじゃ」


 穂積が頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。


「俺は元々日本で暮らしてた人間だ。落雷で命を落とし、この世界で妖怪として転生したんだ」

「なっ……」


 俺の言葉を聞いた穂積の表情が凍りついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る