第21話 悪ではないと信じている
忌々しい思い出だ。
今でも思い出すだけで腸が煮えくり返りそうになる。
「これが俺と日依の間にあった出来事だ」
語り終えた喉は乾いていた。焚き火の炎は小さくなっていたが、それでも周囲を照らす光は消えていない。俺の顔に映る影は、過去の亡霊のように揺らめいていた。
「そんな……酷過ぎます」
全てを語り終えたとき、灯凛の目には涙が浮かんでいた。
小さな拳が震え、彼女の肩も細かく揺れている。
他人の悲しみに共感するその優しさが、妙に胸に沁みた。
「信じられないです。そんな理由で、あなたを……」
灯凛の言葉は途中で途切れた。彼女は袖で目元を拭いながら、俺を見上げる。
その瞳には怒りと悲しみが交錯していた。
「おそらく、穂積は日依に噓八百を吹き込まれているんだろうよ」
俺は空を見上げた。無数の星が冷たく輝いている。あの日の夜空も、こんな風だったか。
「万が一、封印が解けたとき、煌天丸さんを殺すために……」
「それしか考えられない」
灯凛の言葉に頷きながら、俺は拳を握った。指先に力が入り、爪が掌に食い込む感覚がする。
「だから穂積さんは、あんなに必死だったんですね」
灯凛はぽつりと呟いた。焚き火の光に照らされた彼女の表情は、さっきまでより大人びて見えた。
「ああ。あいつにとっては、母親の意志を継ぐ聖なる使命なんだろう」
風が強く吹き、焚き火が大きく揺れた。
一瞬だけ辺りが暗くなり、また明るさを取り戻す。
「それは間違っています。煌天丸さんは悪くない」
灯凛の声には、確信があった。初めて会った頃の彼女からは想像もできない強さだ。
「そう思ってくれるのは、ありがたい」
俺は苦笑いを浮かべた。たとえ仲間を殺されたからと言って、俺が天京を襲ったことや、巫女たちを殺したことは正当化されない。
それでも、俺の味方をしてくれるというのはありがたかった。
「私、煌天丸さんを助けます。きっと真実を明らかにして、穂積さんにも分かってもらいます」
灯凛の決意に、俺は少し驚いた。
彼女の目は真っ直ぐで、その中に迷いはない。
「そう簡単にはいかないだろうな」
俺の言葉に、灯凛は力強く首を振った。
「簡単じゃなくても、やるべきことはやります」
焚き火の揺らめく光の中で、彼女の横顔がはっきりと浮かび上がる。
その表情は凛々しく、まさしく主人公の表情だった。
「なら、俺も頑張らないとな」
俺は静かに目を閉じた。
長い間、誰にも話さなかった過去の傷を開いたことで、胸の内には複雑な感情が渦巻いている。
それと同時に、わずかではあるが何かが軽くなったような気もした。
「休もう。明日は長い道のりになる」
俺は焚き火に最後の一枝を投げ入れた。灯凛は頷き、寝床に身を横たえる。
星々の下、彼女の寝息が聞こえ始める。
俺は水無月灯凛の相棒、雷の化身の大妖怪・煌天丸だ。
こいつの背中は俺が守る――そう心に固く誓った。
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