任務失敗!?惑星調査員ムーさん
サード
第1話 夕暮れのムーンライト
ペダルを踏むたび、カラカラとチェーンの音が静かな夕暮れの道に響いた。
黒月柳(こくげつ やなぎ)はサドルの上からふと空を見上げる。
日が沈み、空は紫から群青へと色を変えつつあった。町の灯りがまだ届かない高みで、ひときわ鮮やかに輝く星がひとつ──。柳は、それが何であるかを確かに知っていた。
「おっ、金星は今日も元気に光ってるなぁ」
彼女は思わず口元を緩め、小さく笑った。風が前髪をくすぐる。
ブレーキを握って自転車を止めると、ハンドルに腕を預けたまま、大きく深呼吸をした。ゆっくりと空を見上げ、声を張り上げる。
「絶対に宇宙人を見つけてやるぞー!!」
誰に聞かせるわけでもないその叫びは、朱に染まる夕闇の空へと吸い込まれていった。
まるで空がその言葉を飲み込み、どこか遠い彼方へ運んでくれるかのように。
「……見つけたら、あの日の事が全部、わかる気がするから」
ふと漏れたその言葉は、沈みゆく太陽に照らされながら、風に乗って宙に漂う。
静寂の中に響いた声の余韻が消えるよりも早く、遥か彼方の宇宙空間では、微かに揺れる何かが存在していた。
地球が属する太陽系は、銀河系──すなわち天の川銀河の一部にすぎない。この広大無辺な星々の海には、地球から送り出された無数の人工衛星が点在している。それらは気象を観測し、通信を支え、地球の営みを遠くから見守る目として働いている。
だが、その中に──いや、その“外”に──一つ、異質な存在があった。
それはどの国の打ち上げ記録にも該当せず、既存の宇宙機器のいかなる設計とも一致しなかった。まるで、そこに在ることが最初から「決まっていた」かのように、完全な静止を保ち、自己発光すらしているかのような不自然な輝きを放っていた。
それは、人類がまだ一度もその存在を知ることなく過ごしてきた異星文明の観測組織──ヴァトボレ調査機構
この機構は、銀河各地に点在する知的生命体の進化を記録・監視する役目を担っている、いわば「宇宙の観測者たち」である。その構成員はすべて地球外知的生命体であり、地球文明の存在は「観察対象」としてのみ登録されている。彼らにとって地球はまだ“発展途上の知的芽生え域”に過ぎず、接触は一切行われていない──少なくとも、正式には。
だがその日、機構の観測センサーは、青き惑星から放たれた奇妙なエネルギー波を感知していた。
「……青の惑星にて異常エネルギーを検知。なんだ……?エネルギーの種別、判断不能……?」
計器を操作しながら一人の調査員、ムーンライト・デュランバルは眉間に皺を寄せた。
「未知のエネルギー……これは、現地での調査が不可欠だな……」
彼は静かに呟くと、宇宙船の通信機に手を伸ばし、ホログラム・パネルを展開した。青白い光が空間に浮かび上がると同時に、彼の指は迷いなくコードを入力していく。
「こちらムーンライト。青の惑星の調査を希望する。キューブおよび擬態スーツの使用許可を申請──惑星潜入の準備を開始したい」
送信完了とともに、通信波となった光の粒子が音もなく宙へと消えていった。
その瞬間、艦内の空気がぴたりと止まり、全ての機器が一拍、沈黙する。
まるで、宇宙そのものが息を潜め、何かが目覚めるのを待っているかのようだった。
「……よし、申請が通った。擬態に移ろう……青の惑星はティキル人だったか……」
擬態スーツのデータベースを検索しながら、ムーンライトは首をかしげた。
「ん?……どっちだ? まあ、ティキルもチキュウも似たようなものだろう。リストも隣同士ではあったし」
ホログラムに映し出されたその姿は──黄色い全裸。
地球人とティキル人──まったく異なる種族を取り違えたまま、
ムーンライトによる調査任務は静かに、その幕を開けたのだった。
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