第1章 第1話 「勇者、うんこと共に町へ行く」

■1. 救出直後、そして──臭い

 


「……本当に、この人で大丈夫なのかしら……」


 


金髪のエルフ美少女は、ため息まじりにぼやいた。


その視線の先には、地面に座り込みながら自分の腰元を抱える男――


つまり、俺がいた。


 


「ちょ、ちょっと待って。今、整理してるだけだから。メンタル的な……いや、腹的な……あああもう!!」


 


漏れていた。


うん、まごうことなき事故だった。


だってしょうがないじゃん、異世界来た直後だよ!? いきなり魔物バトルだよ!? 漏らすでしょ普通!?


 


「勇者、というわりには……お尻が脆弱ね」


「うわーん、言い方ァァァ!」


 


彼女――リュミエール・ルシアは、助けたはずの美少女エルフ。

なぜか俺の手を引きながら、ずんずん草原を歩いていく。


どうやらこの先に、町があるらしい。


 


俺は、彼女の後ろ姿を見つめながら思った。


(なぜだろう……スカートの揺れ方が、妙に神々しく見える)


いや、ちがう。心を落ち着けろ俺。


問題はスカートじゃない。今は“俺の中身”だ。


そう、俺のパンツは――


 


「やっぱ……臭ぇなこれ……」


 


惨状だった。


だって、戦闘中にだよ? 詠唱しながらよ?

出るよね。もうラノベの感動クライマックスだったのに、締めがうんこってどういうことだよ。


 


そんな俺に対して、リュミエールは言った。


 


「仕方ないわね。とりあえず……それ、脱ぎなさい」


「え?」


「パンツよ。洗ってあげるから。少なくとも、町に入る前には臭いを何とかしなさい」


 


うそでしょ。


異世界来て、人生初ヒロインに、俺のうんこパンツ洗ってもらうことになるとは――。


 


「ほら、さっさと脱ぎなさい。顔を赤くするのは、わたくしの役目じゃないわ」


「……ツンデレって、すごい文化だな」


 


彼女は文句を言いつつも、魔法で水を呼び出し、パンツをつまんで洗い始めた。


魔力で操られた水が、汚れた布をくるくると回してゆく。


 


「うぅ……なんかごめんなさい……」


 


「べ、別に、あんたのためじゃないわよ。こんなの……町で一緒に歩くこっちが恥ずかしいから洗ってるだけよ」


 


その言葉とは裏腹に、リュミエールの耳は真っ赤だった。


パンツをつまんだ指先も、ほんのり震えている。


 


彼女はそっと布をつるし、指先に小さな炎の魔法を灯した。


 


「……乾かすわよ。魔法使いの端くれとして、ちゃんと仕上げるんだから」


 


 


──バサァァ……


 


温かな風が吹く。パンツが揺れる。


それはまるで、異世界の風に翻る、希望の旗のようだった。


 


「……パンツって、こうして見ると尊いな」


「死んでこい、変態勇者」


 


■2. 町、そして冒険者ギルドへ

 


パンツも乾き、ようやく再装着(※新品ではない)した俺は、リュミエールと共に町へ。


その名は――リュグレッタ。


のどかな石造りの町で、街道沿いには市場や屋台が並び、行き交う人々の中に亜人や魔物も混ざっている。


 


「うおおお……これが……異世界の町か……!?」


 


「うるさい。目立つから静かにして」


 


でも感動せずにはいられなかった。

だって、俺の夢だったんだよ? 異世界ファンタジー!


ゲームの世界、ラノベの世界、そのままがここにあるんだよ!?


 


「……で、ここがギルドね」


 


「えっ!? いきなりそんな本命スポット!? 俺まだパンツ履いたばっかなんですけど!?」


 


リュミエールが案内してくれた建物は、石造りの重厚な扉を構えた、まさに“冒険者ギルド”そのもの。


看板には「ルグレッタ支部 冒険者ギルド」と刻まれていた。


 


「ちょっと質問いい? ここの世界って、魔法ってどう使うの?」


 


俺がそう尋ねると、リュミエールは、俺をまっすぐ見て言った。


 


「“言葉”よ」


「……へ?」


「この世界の魔法は、“詠唱”が力の源。言葉が練られていればいるほど、想いが強ければ強いほど、その魔法は強力になる」


 


ドクン、と心臓が跳ねた。


 


言葉が魔法になる?


想いと語彙で力を生む?


 


「それって……ラノベ作家だった俺、勝ち確では?」


 


リュミエールは黙って、俺の顔を見た。

そして、静かに口を開く。


 


「──まあ、その腹さえ治せれば、ね」


「そこよねぇぇぇぇ!!!」

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