第2話 クラブに潜入

 

 即断即決即実行。

 心意気を忘れないように、次の日には夜の街に訪れていた。従者達には気付かれないよう、こっそりと部屋を抜け出している。ばれたら大変なことになるだろうけど……それはそれ、これはこれ。

 髪と瞳を目立たない色に変えて変装した私は、きょろきょろと街を見渡した。


(何だか、悪いことをしている気分になります)


 眠らない夜の街。日が沈んだ今でも、魔法の光が沢山灯っていて明るい。まだ日が沈んでから早いので、本格的な夜ではないものの、刺激を求める若者や旅人達が道を歩いている。他にも、冒険者らしき人達が賑やかにお酒を飲んでいたり、攻めた格好をしている女性が疲れた様子の男性に声をかけたりしている。

 どんくさそうな女一人がこんなところにいたら、誰かに襲われてしまうかもしれない。ただでさえフィル様と体の関係を持ったことすらないのに、それだけは避けないと。


 私はフィル様が週一で通っているという噂のある店を探した。看板を見ながら歩くと、目的の店はすぐに見つかった。


「クラブヘルダード」


 店の名前を口に出して、張り出されている紙に目を通した。まだ開店していない時間である。

 深呼吸してからドアノブに手をかけ、店の中に入る。そっと顔を覗かせると、当然ながら客はおらず閑散としていた。


「おんや、うちはまだ開いてないよ」


 カウンターに立っていた、朗らかな笑みを浮かべたおば様がそう言った。私は物珍しく辺りを見回し、おば様の前に立つ。


「実は、お願いしたいことがあるのです」

「まだ若い嬢ちゃんが、お願いしたいこと? やめといたほうがいいよ。お客に体を売ったって、幸せにはなんないさ。悪いことは言わない。稼ぎたいなら、別の所に行った方がいい」


(私、お金がなくなって体を売ろうとしていると勘違いされてます?)


 私は慌てて首と手を振って、それを否定した。


「私はお金を稼ぎにきたわけではありません。実は、こちらのお店に私の夫が通っているらしいのです。その証拠を掴みたいのです」


 私の言葉を聞いて、おば様はグラスを拭いていた手を止めてじっと私の顔を眺めた。しげしげと観察するように見つめられ、いたたまれない気持ちになる。

 おば様は、にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「あんた、良い顔してるじゃないか。どうだい、一日うちで働いてみないかい?」


 さっきやめといたほうがいいと言われたところなのに。目を瞬かせた私を見て、おば様はひっひっと怪しい笑い声を上げた。


「旦那の浮気の証拠を掴むためには、ここの従業員になったほうが都合がいいだろう?」

「協力してくださるのですか?」

「ああよ、あたしは浮気が嫌いなもんでね。この店には、そういった客が山ほどいるんだけんど。あんたは早く証拠掴んで、そんな夫と離婚しちまいな」

「ありがとうございます!」


 私はにこりと微笑んで、深く頭を下げた。


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