社畜TS美少女は攻略対象のようです

カンパネラ

第一章  

第1話

 ここは深い森の中。 

 時折獣が吠える声が響くこの薄暗い森の中で、二人の人間は大きなリュックサックを背負って歩いていた。一人は無精ひげを生やした中年の厳めしい顔つきの男。もう一人は金髪の少女。

 両者はザクザクと土を踏みしめこの険しい道のりを歩いていた。

 そんな中、金髪の少女は息を切らしながら口を開いた。 


「師匠、本当にこんな森の中にあの”剣星の魔女”はいるんですか?」


 疑わしい顔をする少女に対し、師匠と言われた中年の男は目の奥を光らせ、弟子の方を振り向くことなく確信しているとばかりに応えた。


「いるはずだ。預言に従えばこの辺りにいるハズ」


 預言が合っていればな、と付け加え男は顔を苦々し気にしかめた。


 なにせ、預言、すなわち占星術は本来個人の正確な位置を割り出せるものではないのだ。占星術は基本的に国家や組織といった人間の集合体の行く末に対して、ざっくりその未来を暗示するモノ。


 ただ人間の集合体への暗示を示すものではあるが、占星術の精度を極限まで高めればある程度個人の行く末や所在地と言ったものを割り出すことも出来る。

 そして占星術の精度を極限まで高めるためにこの5年、王国とこの無精ひげの男は莫大な資金と人員をそれに費やしてきた。


 その結果、男は”剣星の魔女”がこの森にいることを知ることに成功したのである。


 しかしながら、それはあくまでも占星術で得られた預言が合っていれば、の話である。彼らはただ預言が合っている事を祈るしかできない。


 無精ひげの男の弟子と思われる少女は汗をたらしながら、男の言葉に返した。


「しかし……預言があの”剣星の魔女”の所在地を示したという事は本当に彼女は生きていたという事なのでしょうか」


「……分からない。なにせヤツは5年前の”大戦”の際に失踪しているからな。本当に生きているかなんて誰もわからん」


 大戦──それは5年前に連合王国と帝国の間で勃発した世界大戦。

 この世界で初めて勃発した世界中の国家を巻き込んだ戦争である。

 世界大戦に新たに投入された兵器は、数多くの人々の命を奪い、果てには戦争を経験した国々の衰退につながった。


 今でも多くの人々のトラウマとなっており、かくいうこの無精ひげの男──オッドベル・フォン・エヴァノスも士官として大戦を間近に見てきた人間として未だにトラウマとして記憶に残っているのだ。

 

「まぁ、あの伝説の501中隊長、”剣星の魔女”が死んでいるとは信じられんがな」


 オッドベルは信じている、とばかりにどこか遠くを見た。


 瞳を閉じれば今でもあの煉獄が思い出される。

 腕の中で冷たくなっていく同じ釜の飯を食った仲間たち。

 酷く苦い泥水を啜った記憶。

 どれも酷い記憶ばかりだ。

 

 そんな記憶の中で、ただ一つ眩しい物がある。

 それは一振りの美しい剣を振るう、一人の魔女。

 悲惨な戦場の中で、ただ一人あの伝説の魔女だけは美しかった。

 凛とした表情、長い銀のように輝く白髪。

 戦場には不釣り合いなほど美しい容姿。


 しかし美しい容姿に反して、それが振るう剣は恐ろしく冷酷だ。

 戦場を目にもとまらぬ速さで駆けていき、容易く敵の命を奪い、敵に絶望を、味方には希望を分け与えた英雄。

 それが”剣星の魔女”と呼ばれこの王国で未だに英雄として信奉される人間だ。


 そんな剣星の魔女は、大戦末期に帝国との最後の激戦の中で数万の兵の命を救う英雄的活躍を遂げた後、失踪した。

 しかしながら未だに剣星の魔女の死体は見つかっていない。 

 どれだけ王国が捜索しようと死体が見つかる事がなかったため、人々の間では実は剣星の魔女が生きているのではないか、と信じられており未だに信奉されている。かくいうオッドベルも剣星の魔女を信奉する人間の内の一人なのである。

 だからこそ失踪したとされた、そんな魔女を探すために王国は未だに莫大な資金を投資し、オッドベルも捜索に時間を費やしたのである。


 とまあ、そんな過去に例を見ないほど英雄という言葉がふさわしい、剣星の魔女が死んでいる様子をオッドベルは想像できないのだ。

 

「そういえば師匠は、剣星の魔女と同期なんでしたっけ?」


 弟子のその言葉に、クカカと誇らしげに笑うオッドベル。


「ああそうなんだ。ヤツとは軍大学が同期でな。お陰様で数少ないアイツの友人とやらをやらせてもらっている」


「へー、そうなんですか。友人だったんですね」


 弟子はそう言いつつ、よっこいしょ、と木の根をまたぐ。


「じゃあ剣星の魔女がどんな人か知っているんですか?」


「ああ、知っているさ。一見ヤツの功績をきくと堅物を想像するかもしれんが、口を開けば中々に面白いヤツなんだ」


「というと?」


「魔女、の名の通りヤツは女なのだがな、大戦が終わったら結婚するのか、と訊いてみれば”フラグ”が立つからそういう話はやめてくれだとか言った」


「うーん、”フラグが立つ”というのがどういうことなのかイマイチよく分かりませんね」


「そう、ヤツは時々よく分らん事を言うんだ。だかヤツのいう事はよくわからんが、なぜか笑ってしまうんだ」


「そうなのですか……私にはよく分かりかねますが」


 両者はそんな会話をしつつ、森の中を進んでいく。



▽▲▽▲


「あった……本当に、あった」


 信じられない、という顔で両者は一つの建物の前で立ち止まった。

 それは木の上に掛けられた木の板で作られたボロいツリーハウス。

 かざりっけのないそのツリーハウスの煙突からは、煙が立っており人の気配がある。


「本当に剣星の魔女は生きていた……ッ!!!」


 喜びにオッドベルは顔を俯かせた。

 ポタポタと雫が土に滴る。


「ずっと……ずっと……探していた!!!」


 あの頼れる魔女の姿を、もう一度見ることが出来るというだけで涙がこみあげてくる。

 

「いや、まだ別人かもしれん」


 そして、涙を服の袖で拭いたオッドベルはゆっくりと木に立てかけられ、ツリーハウスの入り口に繋がる階段を上っていく。

 ギシギシと古い木材がきしむ音を立てながら、玄関前の空間に立つ。

 

 オッドベルは震える手で、ゆっくりと玄関をノックした。

 

 すると家の奥からギシギシと床を踏む音と共に、住人が玄関に近づいてきた。


(来る……!)


 心臓が高鳴る。


 もう一度、あの魔女の姿を見ることが出来る。


 もう一度、もう一度、あの魔女と話すことが出来る。


 そう思うと心臓がドクドクと脈打って五月蠅くなっていく。

 


 ギィ……


 扉がゆっくりと開いた。


「あのぉ、食料配送遅かったんですけど……」


 扉から、不機嫌そうな表情をした白髪の少女が現れた。 

 

 そこにいたのは、間違いなく戦場で散々見てきた剣星の魔女であった。


 しかしながら、同時にあの剣星の魔女とは思えぬ姿であった。


 

 美しい白髪は、汚れによりくすんでおり、寝癖が酷い。

 サファイヤのように輝く蒼穹の瞳の下には、大きな隈が浮かんでいる。

 数日間、いや数か月は風呂に入っていないのだろうか、なにか酸い匂いがする。


 そして、なによりも彼女はほとんど服を纏っておらず、かろうじて布切れ一枚を胸に巻いている程度である。

 


 そんなかつての剣星の魔女とは思えぬ姿にオッドベルは唖然とした。


「え……あ?」


 ずっとずっと、オッドベルは剣星の魔女を英雄として、模範として、そして頼れる同期の女性として見てきたから、今目の前にいる少女が剣星の魔女だと理解するのに時間がかかった。


 なにせ、今目の前にいる少女は確かに剣星の魔女ではある物の、似ても似つかない別人のようだ。


「ねぇ、黙ってないでさっさと食料を下ろしてほしいんだけど」


 唖然とするオッドベルに反して、少女は不機嫌そうに甲高い声で言った。


「……なに?さっきからなんで黙ってんの?」


「いや、その……服を着てくれ」


 固まる思考の中、オッドベルが絞り出した言葉はそれだった。

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