第3話 実力
俺の言葉に一切サーシャは表情を動かさなかった。
彼女は俺を見下げながら淡々とこう言った。
「ならば、ついてこい」
サーシャはそれだけ言ってクルリと反転して部屋の外に出ていこうとする。
俺は慌ててベッドから下り言われた通りについていこうとするが、左腕がないせいでバランスが取れず倒れ込みそうになる。
そこをユキハが慌てて支えてくれた。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、助かった」
サーシャはそんなやり取りをしている俺たちに一切気を使わず、背中を向けたまま部屋の外に出ていってしまった。
そんなサーシャの背中を眺めながらユキハは苦笑いを浮かべる。
「あまりサーシャ様のことを嫌いにならないであげてください」
「……いや、それは無理だろ」
「サーシャ様はああ見えても繊細で傷つきやすいんです。今、とても切羽詰まってるんですよ」
繊細で傷つきやすいってどこがだよ。
繊細で傷つきやすい人は怪我人が倒れそうになっているところを無視して出ていったりしない。
しかし……切羽詰まっている、か。
俺に全技術を教え込むなんて言っている理由と何か関係あるのだろうか。
……まあ考えても仕方がないな、こればっかりは。
「歩けますか?」
「問題ない。歩ける」
俺が言うとユキハは俺から手を離した。
一瞬、フラついて倒れそうになるが、何とか自分の力だけで体勢を立て直す。
それからゆっくりと一歩を踏み出した。
……まだバランスが取りにくいが、歩けるには歩けるな。
俺たちはゆっくりと歩きながら部屋を出て廊下を歩いた。
廊下の窓からは鬱蒼とした森が広がっているのが見える。
やはりここは〈白亜の森〉で間違いないのだろう。
森の木々は全長数十メートルはあるのではないかと思われるほど高くまで伸び、まだ高くにいる日光を遮っていた。
廊下を抜け玄関を抜けると、鼻孔を森林の香りがくすぐった。
さわさわと風で木々の葉が擦れる音も聞こえてくる。
「サーシャは一体どこに行ったんだ」
「おそらく川の近くだと思います。案内しますね」
そしてユキハに先導してもらい、俺たちは森の中を歩く。
木々の根がところどころ地面から盛り上がっていて歩きづらい。
四苦八苦しながら森を歩き、しばらくすると水の匂いがしてきて、さらに行くと水の流れる音が聞こえてきた。
そんな川の脇にサーシャは立ち、水の流れを眺めていた。
「……遅い。待ちくたびれたぞ」
彼女は振り返りもせずにそう言った。
「こちとら怪我人なんだぞ。少しは気遣ってくれたっていいじゃないか」
「甘えるな。どんな理由で左腕をなくしたかは知らないが、そもそもお前に力がなかったのが悪い」
サーシャはあっけらかんとそんなことを言う。
あまりにも歯に衣着せない物言いに俺は呆気にとられてしまって何も言い返さなかった。
それに……彼女の言葉に一理あると思ってしまったのも、言い返さなかった一つの理由だった。
確かに俺が怪我を負ったのは甘えだ。
不条理ではない。
今までの罪が巡り巡って罰として帰ってきただけだ。
「で、ここまで来た理由は?」
俺はそう尋ねるが、サーシャは顔を上げて森の奥を見つめるだけで何も返してこなかった。
しばらく沈黙が続いた。
俺が痺れを切らして文句を言おうとしたその時、森の奥の方、サーシャが見つめている方角から地響きが響いてきた。
「ようやく来たか」
ポツリとサーシャが呟いた。
一体何が来たというのか。
……いや、そんなの分かりきっている。
魔物だろう。
それも俺たちがまともに見たこともないほどの巨大で強力な魔物。
その地響きが近づくに連れ、恐怖心が無理やりにでも引き起こされていく。
足が震えてくる。
その濃密な死の匂いに、無意識に歯がカタカタと鳴っていた。
巨大な……猿……?
森の奥から木々をなぎ倒しながら現れたのは、全長十数メートルを超える巨大な猿だった。
そんじょそこらの建物よりも大きい。
そしてその毛並みは燃えるように赤く、間違いなくこの自然界に溶け込めていない異様な見た目をしていた。
「グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアア!!」
その猿は俺たちを見つけると、雄叫びを上げた。
ビリビリと森全体が震える。
「な、何だアレは……」
俺は震える声でそう呟いていた。
「チッ……赤猿か……」
しかしサーシャはその猿を見て、失望した様子だった。
恐怖する様子や怯える様子は一切感じさせなかった。
「もっと強力な魔物の方が良かったが……まあ仕方がない。今回ばかりはコイツを見せしめにすることにしよう」
飄々とそう言うと、サーシャは右手を振りかざした。
それからその右手を、サッと、軽々しく、なんて事ないように振るった。
瞬間。
閃光が爆ぜた。
思わず目を瞑る。
眩い光と共に、もの凄い熱気が俺たちに襲いかかった。
ピリピリと肌がヒリつく。
それからワンテンポ遅れて轟音が響き渡った。
「があっ!?」
爆風が吹き荒れて、俺は吹き飛ばされそうになる。
そんな俺をユキハが右腕を握って飛ばないようにしてくれていた。
しばらくして爆風が止み、光が収まった。
俺は恐る恐る瞼を持ち上げた。
——俺の目の前の森は、縦に、一直線に、どこまでも、焦土と化していた。
「お前がこれから先、志すのはこう言ったステージだ。お前にはこれを軽々しく出来るようになって貰う。理解したか?」
ようやくそこでサーシャは振り返って言った。
俺はその光景に言いようのない高揚感を感じながら、呆然とこう呟くのだった。
「これが俺の目指す場所なのか……」
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