第9話 踏破者:ルチアーナ・カッサーノ(2)
わたしから先に触った。
ただ人差し指で頬をつついただけだけど。
ルチアーナは驚いて、よろけながらわたしと距離を取った。
「うううう動いた⁉ なんで、なに、私のこと好きなの⁉」
なぜそうなる。
私はツッコミを胸にしまって、姫さまと散々練習した言葉を告げた。
「わたしは特別な魔力を注入された魔導人形です。あなたが地上に帰還するまで、あなたの命令に従って動くことが可能です」
「え」
ルチアーナは目を点にした。
一瞬の沈黙。
「えええええええええ⁉」
こ、これでいいんだよね。
初めてだからすごく自信ないけど。
すっごく驚かれてるし。
ルチアーナはゆっくり、ヨタヨタとわたしに近づいてきた。
「え、ほ、ほんとう?」
ルチアーナの目には期待が籠っている。
彼女の背後に、ブンブン振られている犬の尻尾を幻視した。
「……」
今度はわたしが沈黙した。
そういえば。
あの言葉しか聞かされてない……。
もしかして、練習した言葉以降はアドリブで乗り切れってこと?
酷すぎないかな。
どうしようかまた悩むことになった。
でも、この境遇から抜け出すことはできない。
姫さまに言ったじゃないか。
わたしにできるかぎりのことはなんでもやる、と。
だったらウジウジする必要はない。
期待を背負ってあげよう、この子の。
わたしはルチアーナに頷いた。
「大丈夫です。わたしにできるかぎり、あなたの希望を叶えて差し上げます」
わたしはルチアーナににこっと微笑んだ。
と同時に、しまった、と思った。
これは完全に無意識でしてしまったこと。
仕草のせいで人間だと疑われたらどうしよう。
冷や冷やしながら反応を待っていると。
ルチアーナは両手をあげて喜んだ。
「やったあああああああああ!」
「⁉」
至近距離で解放されたルチアーナの大声。
わたしを人間だと思ってないからこそできる芸当である。
バレてなさそうで助かった……。
鼓膜破れそうだけど。
それからルチアーナの動きは素早かった。
わたしの手を掴む。
「きてきて!」
保護魔法石の前に座らされた。
「ちょっと待っててねー」
ルチアーナは杖を具現化させて魔法を唱えた。
いったいなにを起こすつもりだろうか。
すると――。
目の前にたくさんのお菓子やジュースが現れた。
「???」
わざわざダンジョンに持ってきたの?
なんだろう。
無表情を装いつつ彼女を見つめる。
ルチアーナはへへへと恥ずかしそうに微笑んだ。
「私さ、妹が3人いる家の長女なんだ。妹はみんな可愛くて大好きなんだけど、私のおやつはいつも取られちゃうからさ。妹のお守りで友達とも満足に遊べてないし……。別に私は気に入ってるんだけどね、この生活は!」
そこで言葉を区切り、ルチアーナはお菓子を一つ手に取った。
袋を開けたと思ったのも束の間、彼女は一気に口内へ流し込んでしまった。
もっちゃもっちゃと大胆に咀嚼する。
それをゴックンと飲み込んで。
「でも、ここでなら誰にも邪魔されずに好きなお菓子をたくさん食べられる! しかも私が午後の踏破者だから、今日はだーれもここに来ないのっ! たまにはいいでしょっ!」
ルチアーナに満開の笑顔が咲いた。
一瞬、どれだけ長居するつもりなのか――と戦慄したが。
優しい女の子の、秘密で些細なひととき。
その時間にそっとご一緒できる、こんなに幸せなことはない。
ルチアーナは二袋目を開け、わたしの膝を叩いた。
「ねえ、あなたも一緒に楽しも!」
あくまで人形というテイを守る制限上。
わたしから能動的にしゃべることはできないけど。
この子が喜んでくれることならなんでもしよう。
「承知いたしました。わたしもご一緒させていただきます」
ルチアーナとわたしは笑い合った。
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