週末出張、異世界行き
安梅森郁
ゴブリンの荒野にて
第1話 おっさん、ごっこじゃない鬼と鬼ごっこする
〈名称を決めてください〉 レベル:1
異空間に物品を保管、または取り出すことができる。
生物および他者の所有物は格納できず、その判定は使用者の認識による。
ゲートとして、こぶしが入る程度の袋が必要。
現在の収蔵品:
ロングソード 1振り
ポーション 3本
缶詰 200個
野営セット 1式
この鬼ごっこが始まって、小一時間は経っただろうか。
後ろからの足音が止んだことに気づいて、俺は歩速をゆるめた。おそるおそる背後を見渡す。どうやら
まあどっちにしろ、今は足を止めて深呼吸ができるだけでありがたい。このまま
それにしても、こうして
ここはたった二色で塗り込められた世界だ。真っ青な空には薄雲ひとつなく、白茶けた荒野に広がるのは同じ色の濃淡でしかない枯れ木と
呼吸が整うのを待って、俺は手の甲でよだれをぬぐった。それから、そいつをふとももの外側になすった。そうするしかない。何しろ俺はいま、全裸なのだ。俺は今さっき産み落とされた訳じゃないが、誰だって新しい世界にはこの身ひとつで放り込まれるものらしい。実際そうなっている。そう思うしかない。
ともかく、普段からハンカチなんて持ち歩いたことがなかったが、こういう時には必要なものだ。それだけで、人間として文化的に
何に?
俺を追ってくる鬼に、だ。
五十メートルほどは離れているだろうか、俺が
「どう見てもゴブリンだよなあ、あれ」
戻った呼吸を確かめるように、俺はつぶやいた。のどの奥から血の味が上がってくる。こんなに走ったのは遠く学生時代以来だ。引きつる脇腹の痛みが久しぶり過ぎて、もはや痛みよりも懐かしさが先に立つ。
俺は再び走り出そうと、体を軽くひねった。その瞬間、やつも岩の影からおどり出た。手にした刃物がぎらりと光を返す。やつの見慣れない姿と強烈な悪意に
やはり、あいつの姿はゴブリンとしか思えない。ファンタジーもののゲームや漫画でよく見る定番モンスターそのものだ。節くれ立った
まるで絵巻物の餓鬼にも見えるが、どういうものか全身がくすんだ緑色だ。そして、腰みのを身に着けている。
いかんいかん、どうも気力が
俺は小石を拾い上げ、ゴブリンに投げつけた。もちろん当たりやしない。それどころか、石は思っていたよりもずっと手前に落ちた。長距離走で痛む脇腹と持病の腰痛を無視してせっかく振りかぶったのに。
獲物の余力が知れたとばかりに、ゴブリンがあざけり笑う。ただでさえ裂けて見える口がパペットのようにぱっくりと開き、そこからまた不快な、さっきとは別の金属音が辺りにひびく。これも俺の心をくじく音だった。ゴブリンののどの奥で、誰かが黒板を
俺は今度こそ、きびすを返した。が、大きく踏み出した第一歩で石ころを踏んでしまい、
それで俺はまた別の、もっと角ばった石を踏んだ。自然物とは思えないくらいきっちりした角の感触から、むかし
視界の中で抜けるように青い空が回転し、熱い砂が俺のほほを焼いた。耳に
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