等価交換
北宮世都
目の前で僕が死んでいる
目の前で僕が死んでいる。
膝から崩れ落ちた瞬間、病室の白い天井が視界いっぱいに広がった。蛍光灯の眩しさが網膜を焼く。首から下の感覚が、まるで水に溶けるように消えていく。
ああ、これが彼女の見ていた世界か。
ベッドの上で、彼女が息を呑む気配がした。おそらく、僕の顔を見ているのだろう。さっきまで動いていた身體が、今は床に倒れ込んでいる。
「……どうして」
彼女の声が震えている。
「どうして、こんなこと……」
彼女は泣いているのだろうか。
ごめんね。
でも、これが僕の選択だから。
君がかつて誰かにしたように。
僕も、君にそうしたかったんだ。
「生物殺し」
子供の頃から、僕はそう呼ばれていた。
小学校の校庭で遊んでいた時、僕は滑り台から落ちた。膝を擦りむいて、血が滲んだ。でも、傷はすぐに消えた。その代わり、すぐ横の花壇のチューリップが、一斉に枯れた。
誰かが叫んだ。「あいつが花を殺した」
担任の教師は困惑していた。説明がつかない。医学的にも、科学的にも。ただ、僕の周りで生き物が死ぬ。それだけが事実として残った。
中学生の時、階段から転げ落ちた。腕を強く打ち、激痛が走った。骨が折れていた。その瞬間、校庭の木にとまっていたカラスが二羽、地面に落ちた。
階段の踊り場で倒れている僕の周りに、同級生が集まってきた。誰かが僕の腕を見て青ざめた。そして、校庭に落ちた鳥を見て、叫んだ。
「やっぱりあいつだ」と。
噂は広まった。
「あいつに近づくな」
「触れるな」
「目も合わせるな」
僕は何も反論しなかった。実際、彼らは正しかったから。
高校に入る頃には、僕の周りには常に半径五メートルの空白があった。廊下を歩けば、人が避ける。教室では、僕の席の周囲だけがぽっかりと空いている。
誰も僕の能力の正体を知らなかった。ただ、僕が傷つけば何かが死ぬ。それだけが、都市伝説のように語り継がれた。
「あいつの血を浴びたら呪われる」
「あいつが触ったものは腐る」
「あいつが見た夢の中で死ぬ」
馬鹿げた噂だった。でも、人々は信じた。恐怖は理性を超える。
やがて、僕も人を避けるようになった。それが僕の唯一の善意だった。
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