第7話 秋の落葉

秋が静かに訪れた。1960年代の山村、朝の空は高く、紅葉が山を赤と黄色に染めていた。

私は、40歳の山田花子、家の縁側に座って、目の前の欅の木を見ていた。葉っぱがパラパラと落ち、地面に積もっていく。


10年前、太郎と春と川で笑った夏が、遠い夢のようだった。


太郎は2年前、病で亡くなった。咳がひどくなり、医者に「肺が悪い」と言われた時には、もう手遅れだった。


「花子、春を頼む」と言って、彼は私の手を握って逝った。


あの温かい手が、今も胸に残る。

春は13歳、反抗期真っ盛りで、私に冷たく当たる。母は70歳を過ぎ、足が弱ってきたけど、畑仕事をしてくれる。


私は村の学校で教え続け、毎日をなんとか生きていた。


母「花子、ご飯よ」


母の声が聞こえて、私は「うん、行く」って立ち上がった。


ちゃぶ台には、栗ご飯と漬物、味噌汁が並んでいた。


春は「学校、行ってくる」とだけ言って、朝ごはんを食べずに家を出た。

私は「春、気をつけてね」って声をかけたけど、返事はなかった。


母が「花子、春も辛いんだよ。少し時間が必要だね」って言うから、私は「うん、わかってる」って頷いた。でも、胸が締め付けられた。


学校に行くと、子供たちの笑顔が少しだけ心を軽くしてくれた。


私は黒板に「秋」と書いて、「みんな、紅葉を見た?」って聞いた。


子供たちが「見た! 赤いの!」「黄色いのも!」って手を挙げた。

私は「そう、秋は命が色づく時だよ。木も人も、変わっていくんだ」って笑った。でも、自分の声が少し空っぽに聞こえた。


放課後、校庭の桜の木の下に立った。

春の桜は散り、秋の葉っぱが地面に落ちていた。

子供の頃、太郎と「桜の神様」に話しかけた。

20歳の春、彼と愛を誓った、あの時の輝きは、どこに行ったんだろう。


私は「太郎、春、どうしたらいい?」って呟いた。風が吹いて、葉っぱが舞った。まるで彼がそばにいるみたいだった。


帰り道、村の広場を通った。秋の収穫祭の準備で、村人たちが集まっていた。欅の木の下に、稲やカボチャが飾られ、提灯が吊るされていた。

私は「手伝うよ」って声をかけて、リンゴの籠を運んだ。


村の女の人、佐藤さんが「花子、元気? 春ちゃん、大丈夫?」って聞いてきた。


私は「うん、なんとか。ありがとう」って笑った。でも、目が熱くなった。


その夜、春が帰ってこなかった。いつもなら夕飯までには帰るのに、時計が8時を過ぎても気配がない。私は「母さん、春、どこ行ったんだろう」って心配すると、母が「若い子はそういう時もあるよ。少し待とう」って言った。でも、胸がざわざわして、いてもたってもいられなかった。


外に出て、村を探した。川のほとり、欅の木の下、子供の頃の秘密の場所。どこにも春はいなかった。最後に、広場の欅の木に戻った。提灯の光が木を照らし、紅葉がオレンジに輝いていた。

私は「春、どこ…」って呟いて、木に手を当てた。その時、木の裏から小さなすすり泣きが聞こえた。


花子「春?」


私が呼びかけると、春が木の影から出てきた。目が赤く、頬が濡れていた。

「母ちゃん…」って小さな声で言うから、私は「春! 心配したんだから!」って抱きしめた。


春が「ごめん…父ちゃん、いないから…嫌だった」って泣いた。


私は「うん、わかるよ。私も辛いよ。でも、春、生きなきゃ」って涙をこらえた。


春が「母ちゃん、父ちゃんのこと、忘れたかった…でも、忘れられない」って言うから、私は「忘れなくていいよ。太郎は春の心にいるよ。私にもいる」って彼女の髪を撫でた。


風が吹いて、欅の葉っぱが落ちてきた。まるで太郎が「大丈夫だよ」って言ってるみたいだった。


家に帰ると、母が「春ちゃん、よかった」って抱きしめた。春は黙ってご飯を食べ、布団に入った。私は春の寝顔を見て、「太郎、春、守るよ」って呟いた。


母が「花子、強くなったね。父さんも太郎も、誇らしいよ」って笑った。

私は「母さん、ありがとう」って涙を拭いた。


次の日、収穫祭だった。広場は賑やかで、焼き芋の匂いが漂い、子供たちが走り回っていた。私は春の手を引いて、広場に行った。春はまだ口数が少なかったけど、私の手を握り返してくれた。


太郎の親友だった佐藤さんが「花子、春ちゃん、魚食うか?」って笑うから、私は「うん、ありがとう」って受け取った。


祭りの夜、村の古老、藤田のおじいさんが広場の真ん中に立った。


村の古老「秋は命の落葉だ。散っても、土に還り、新しい命になる。悲しみも、いつか力になる。生きなさい」


私は春の手を握りながら、聞いた。悲しみも力になる。


太郎の死、春の涙、私の孤独、全部…命の輪の中なんだ。


祭りの最後、村人たちが歌を歌った。

「秋が来て、葉が落ちる、命の輪が巡るよ」って歌詞だった。


私は春と母と一緒に歌った。春の声は小さかったけど、確かに聞こえた。


私は「春、いい歌だね」って笑うと、彼女が「うん、母ちゃん、好き」って呟いた。


胸が温かくなった。


家に帰り、縁側に座った。欅の木が暗闇で揺れ、星が光っていた。


私は「太郎、春と一緒に生きるよ」って呟いた。


風が吹いて、葉っぱが落ちた。

まるで彼が「頑張れ」って言ってるみたいだった。


私は春の寝息を聞きながら、編み物を手に取った。

母と始めたマフラー、春に渡そう。


目を閉じると、欅の木が浮かんだ。葉っぱが舞い、村が静かに眠っていた。


私は「秋、ありがとう。命、続くよ」って呟いた。


秋の夜は、切なくて、優しかった。

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