14皿目 女神の挑戦

 神の国の空はいつも澄み渡り、時折白い雲が穏やかに流れていく。


 そんなのどかなある日、買い物袋を抱えて空を駆ける女神の姿があった。


「……よし、これで材料はそろったわね。」


 彼女は満足そうに呟きながら、最近新たに創り出した聖域──神々の食卓へ向かった。


 数日前、地上で魔王の料理教室に参加して“固形ルーを使わないカレー”を目の当たりにした女神は、密かに決意していた。


「私も、魔王に負けていられないわ……!」


 その日、女神も固形ルーを使わない、カレー粉と調味料で作るヘルシーカレーに挑む。


「固形ルーに頼らず、自分でバランスをとるのが本物の料理……魔王がそう言ったわけじゃないけど、きっとそういうことよね!」


 まずは、鶏むね肉を一口大にカット。じゃがいも、玉ねぎ、人参も手際よく刻んでいく。


「鶏むね肉はヘルシーだけど、パサつくのが難点。でも、ここでひと工夫……小麦粉をまぶしてから焼けば、表面がコーティングされて、しっとり柔らかくなるはず! ……これは私の勘よ!」


 続いて、鍋に油を引いて鶏肉を投入。点火してしばらく立つとジューッと音を立てて肉が焼け始める。

 やがて香ばしい香りが立ち上り、女神の口元がほころぶ。


 鶏肉に火が通ったところで、刻んだ野菜たちを加え、さらに炒める。

 そして、今日の主役であるカレー粉、小麦粉を少量ずつ加えて、全体をよく馴染ませる。


「ここでしっかり炒めるのがポイントね。粉っぽさを飛ばして、香りを引き出すのよね。」


 全体がほどよい黄金色に色づいたところで、水とコンソメを投入。

 煮立ってきた鍋の中には、女神の期待と緊張が詰まっていた。


「さあ、ここからが腕の見せどころね……」

 女神は調味料を手に取り、慎重に分量を計りながら加えていく。


 ウスターソース、ケチャップ、はちみつ。


「この3つは味の深みとコクを作るけど、量を間違えると台無し……辛すぎても甘すぎてもいけない。まさに女神の微調整が試される時!」


 味見をしながら何度も少しずつ加え、丁寧に煮込む。

 やがて部屋中にスパイスの芳香と甘辛い香りが漂い始め、女神の顔に満足そうな笑みが広がる。


「……完成! 固形ルーを使わずに、ここまで深い味が出せたなんて……!」


 女神は鍋を両手で持ち上げ、聖域の宴席へと運んでいく。

 そして、神々と地上から招待した数人の客を前に、誇らしげに宣言した。


「さあ皆さん、私が一から作った特製カレーをご堪能あれ!」


 聖域に集った神々と人間たちは、少し緊張しながらもスプーンを手に取り、一口、口に運んだ。


「……おおっ! このカレー、スパイスが効いていて絶妙な辛さだ!」

 一人の人間が驚いたように言った。


「うむ、確かに。辛さの中にほんのりと甘みがあって、後味がさっぱりしている。これは絶妙なバランス……さすが女神の手腕だな。」

 雷神トールが感心しながら頷く。


「私、あまり辛いカレーは得意じゃなかったんですけど……これは食べやすいです! 辛いのに、優しい味がする!」

 人間の少女が笑みをこぼす。


 女神は皆の反応を聞きながら、胸をなでおろし、少し照れくさそうに微笑んだ。


「……ありがとう。でも、これはすべて、私を料理の道へと導いてくれた魔王の影響なの。彼の料理教室は、地上で毎週末開かれているわ。料理に興味がある人、健康に気を遣いたい人、美味しいものが好きな人──どんな理由でもいい。参加してみる価値はあるわ。」


 自分のカレーの最後の一口を食べ終えた後、遠くを見つめるような目で続ける。

「それに……魔王に感化された魔物たちや部下たちも、今では各地で料理教室を開いているの。彼らもまた、料理で人を癒すことの素晴らしさに目覚めたのよ。」


 神々と人々が、口いっぱいに女神のカレーを頬張りながら、その言葉に真剣な顔で耳を傾けていた。


 神も魔も、人も……同じ鍋のカレーを囲めば、皆ひとつになれる。


 女神はカレーの鍋を見つめながら、小さく呟いた。


「……食って、すごいわね。」


 その夜、神々の宴は温かく、香り高く、そして何より幸福に包まれていた。

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