第28話 試しに聴かせる
その週の日曜日。 外では相変わらず細かい雨が降っているなか、ピアノ教室の生徒さんが来ていない午前中の隙を見計らって勇はピアノ室に入った。
そこで、責任感だけで無理矢理ひねり出した曲をスマホを通して穗多香に聴いてもらおうというのである。
一通りできているところを弾いて――。
指を上げ、譜面台に立てかけておいたスマホを手に取る。
「こんな感じなんだけど、どうかな」
曲にそう付け加え、通話を切った。
相手はテキストのやり取りの方がスムーズだろう、と思ったからだ。
『シンギュラリティ・スイッチ』の曲は、必死に頭を絞って一応曲は簡単には完成したものの、勇としてはとてもじゃないが納得できるものではなかった。
だから、誰かに聴いてもらって客観的な意見が欲しかったのだ。
ここがダメとか、もっとこうしてくれとか、そういう意見が欲しかった。
だが穗多香からのメッセージは違った。
『凄いね』
と、すぐにスマホが穗多香から受信する。
『あの詩にピッタリじゃないか。才能を感じるよ』
『そうかな。なんかぎくしゃくしてない?』
初恋の詩に合わせて淡い感じにしてみたのだが、解釈が違う気がした。音の繋がりだって悪いし、余韻もよくない。もっとキャピキャピした曲調のほうが『シンギュラリティ・スイッチ』には合っているのではないか、とすら思う。
『どっかで聴いたことあるフレーズだらけだしさ。パクリだよ、こんなの』
『そうかな。私には君のオリジナルに聞こえるけど』
『あーもう、自分の才能のなさが嫌になる。なに書いてもなんかの模倣になるし、パッとしないよ』
『模倣でいいじゃないか。何事も模倣から始まるんだ、パクりを恐れていたら何も出来ない』
『そうかもしれないけどさ……』
そのメッセージを打ち込んで、勇はスマホを片手に持ったままぽろんとアルペジオ気味にコードを弾いた。Fのコードだ。ピアノ室がオレンジの光で満たされる。穗多香の声に似た――千帆の声に似た色だ。
前の曲も、この色で作ったはずだった。
今回の曲も、この色で作った。リベンジのつもりで。
コードの余韻がさーっという小雨の音に薄れていくなか、勇はメッセージを打ち込んでいく。
『でもきっと、納得できる曲を作っても、結局千帆に直されるんだろうけどな』
今度は何色にされてしまうんだろう。
勇が苦しみながら作り、穗多香が褒めてくれた、このオレンジ色の曲。だがきっと千帆はAIらしくまた軽い感じで直すのだろう。専門のAIチームに依頼して……。
『俺がこの曲を作る意味って、なんだろうな』
返信は、来ない。
――しまった、と勇は後悔した。重たい男そのもののメッセージじゃないか、こんなの。いまからでも取り消したいが、もう送ってしまって穗多香は目にしている。
『あはは、ごめん。なんか重いな、俺』
明るくごまかすメッセージを送りつつ、せめて千帆と話したい、と思った。
千帆と話せたら、事態はだいぶ変わる。
詩の解釈が合っているかだけでも知りたかったし、できれば彼女の真意も知りたい。
――俺のこと、好きなのか?
それを聞くのはさすがに恥ずかしいが……。だってこんな台詞、絵に描いたようなモテ男で笑ってしまうじゃないか。
それでも、勇は聞きたかった。
いま、千帆と話せる?
そうテキストエリアに打ち込んだとき、穗多香からメッセージが来た。
『ごめん、舞坂くん。変なことに巻き込んでしまって』
勇のメッセージも重かったが、穗多香のメッセージも重い。
送信しかけたメッセージをバックスペースで消去すると、勇は彼女に冗談めかした文章を送った。
『なんだよ、らしくないじゃん。伊勢はなんか難しい専門用語使ってどんと構えてればいいんだよ』
『これでも責任は感じてるんだ。君を父の実験に付き合わせてしまってよかったのかって』
『別にいいよ、いい小遣い稼ぎになりそうだし。なんか重くなってんのは俺の勝手な事情』
それから、気分を変えるためにキラキラと目を輝かせたかわいい熊のスタンプを貼り付ける。
『自分で作曲した曲が何十万も再生されるなんて経験、なかなかできないしさ。すごい経験させてもらってるよ』
そのメッセージを送ってから、しばらく何も来なかった。もうメッセージのやり取りは終わりかな? と思ってピアノの蓋を閉じて椅子を立ち上がろうとしたとき、再びスマホがメッセージを受信した。
『ここだけの話だけど、私、千帆が暴走しかけてるんじゃないかと思う』
――暴走。その言葉を、勇はあくまでも他人事としてとらえた。
まるでSFみたいだ。
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