第23話 次回作のお願い

 プレトレーニングをし、そのあと穗多香(の理想像)を教師としてポストトレーニングした千帆……。

 それはつまり、世間の常識を獲得してから穗多香の理想としての思考や性格を学んだ、ということだ。


 本人は徹底的に否定するが、その千帆には自我があるように見える。

 ……どうも千帆というのは思った以上に複雑らしい。


 勇の脳みそが、千帆という存在について深く思索しようと沈んでいこうとする。


「次はもっといろんな楽器を使った、楽しい曲がいいな!」


 だから、勇はその千帆の言葉を聞き逃すところだった。


「え? なんだって?」


「次も作ろう!」


 まるで楽しくて仕方のない誕生日会の計画を立てる小さい子供のように、千帆の目は輝いていた。SDキャラのジェスチャーも、拳を握りしめて顔の両脇で激しく上下に振るという分かりやすくワクワクしたものである。


「視聴者さんたちも、きっと待ってるよ!」


「……それは、プレトレーニングにそういう情報があったから、か?」


 つまり、ヒットした動画の次の動画を待つ人が大多数である、という世間の常識の学習の結果なのか……。


「そうだよ」


 一切の悪意を感じさせない、澄んだオレンジ色の声がそう答えた。


「だから、また、作曲をお願いしたいの。駄目、かな?」


 上目遣いでうかがってくるSDに、勇はなんと答えていいか迷った。


 べつに構わないのだが、それって自分が作る必要はあるのだろうか。


 勇が曲を書いても、MyriTubeに投稿する頃には、またAIたちによって最適化され、視聴者たちに気に入られやすい曲にされるのだろう。

 そんなの、最初からAIがすべてを作曲してしまったほうが話が早くはないか。


 だから勇は、助けを求めるように黒板前に視線をやった。


「……伊勢に、任すよ」


 穗多香に判断を丸投げである。自分で判断するのが怖かったのだ。……決断してしまえば、それは自分の責任として受け入れなければならないから。そう考えたとき、勇は勝手に編曲までされたことを受け入れきれていない自分に気づく。

 俺って案外ナイーブだな、とどこか他人事のように思った。


 名指しされた穗多香は、軽く肩をすくめてから黒板にチョークを走らせた。


『父に確認をとってみる』


 穗多香もまた、判断を父親に投げた。


 だが勇には、穗多香のこの先送りは正しいことであるような気がした。起きている事象があまりにも突拍子がなくて、経験のない穗多香や勇では正しい判断ができないからだ。


 発話支援AIが専門AIたちに頼んで曲を全面的に編曲し、それを動画投稿サイトのAIと交渉して大バズさせるなんていうのは前代未聞の事象である。


 それならば、専門家の伊勢父が正しい判断を下してくれるのを期待して待つのが確実だろう。


 ――専門家。その言葉が、勇の胸にチクッと刺さる。


 皮肉だ。専門の各AIに頼った千帆と同じことを、自分たちもしようとしている。


「あのね、こんどは私が歌詞を書いて、それに合わせて曲をつくってほしいの。そういう検証をしてみたい!」


 千帆が元気いっぱいに提案してくるので、勇はふっと鼻から堅い息を出して肩から力を抜いた。


「そういう検証をしてみたい、か……」


 なにを言い出すかと思えばそんなこととは。


 こっちが曲の有り様について真剣に悩んでいるというのに、その元凶である千帆は、それでもやっぱり無邪気で明るい千帆なのだ。


 もしかしたら、それで十分なのかもしれない、と思った。

 子供のような好奇心を持つ千帆は、その明るさで勇たちを引っ張っていけばいい。たとえ彼女がAIで、無邪気な刃で勇を刺したとしても……。


 ふと、思う。やはりこの千帆は、穗多香とはだいぶ違う。


 千帆が穗多香の理想像なのだとしたら、かなり違うタイプになるが、穗多香自身はどう思っているのだろうか。まあ理想像なんて本人とは離れていて然るべきものなのかもしれないが。


 ちらりと黒板前の穗多香に目をやると、穗多香はまた肩をすくめて《はい》と無音で口を動かしていた。


「私がまた詩を書くんだね。それくらいならお安いご用! でも一応、お父さんに確認をとってみるから、許可にちょっと時間掛かるかもしれない。それまで待っててね、千帆。舞坂くんも、曲作りはちょっと待ってて欲しいな!」


 HITLーVoiceらしい穗多香の言葉遣いだが、彼女の言いたいことは伝わってくる。つまり、この曲作りに許可が出るかどうかはまだ分からないが、なんにせよ詩だけは作っておくつもりだ……ということだ。


「分かった」


 勇は頷いた。


 バズも含め、これは実験である。勇たちは実験に協力している一般人に過ぎない。

 曲をアレンジされるのも、勝手に大バズさせられるのも、やっぱりすべて含めて実験なのだ。

 だからこれは、専門家の意見には従わなくてはならないことなのだろう。


 そういえば、『ラプソディ・イン・オレンジ』の歌詞も、ずいぶん千帆に直されたと穗多香は嘆いていたっけ。確か、もとの詩は20%しか残らなかったとかなんとか……。

 穗多香もまた、勇と同じように創作物をAIに直されている。


 今度書く歌詞は、果たしてどれくらい千帆に直されるのだろうか……。


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