モブ的人生回顧録~野村転生~
シシモヨウ
第1話 モブ野村 仕事を辞める
「みなさん、長い間お世話になりました」
2047年3月31日、私、野村(43歳男性・独身)は一身上の都合で20年間勤めていた文具メーカーを退職した。
「野村さんお疲れさまでした」
「長い間、ありがとうございました」
「お元気で」
オフィスには同僚が数人いたが、反応は極めて薄い。
そもそもギリギリまでやらなければならぬ仕事があるわけでもなく日々の業務を淡々とこなすだけの私が、有給休暇も消化せずに退職日まで出社していることに対して、迷惑とまでは言わずとも肯定的なはずもなく、怪訝な表情を浮かべている気持ちは良くわかる。
自己満足ではあるが入社以来、無遅刻・無欠席であったことが唯一の誇りともいえる。有給休暇は労基やらなんやらで上司から懇願されてから消化するのみで、自発的にとることはなかった。
仕事は忙しくもなく暇でもない。総務として事務作業を淡々とこなしていくだけ。決裁権があるわけでもなく、与えられた仕事を進める。革新的、創造的な能力は求められていない。ただ、このような仕事を気に入っており、日々黙々と取り組んでいた。
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「この通勤路を歩くこともなくなるのか」
私は淡泊な別れを終えた後、自宅アパートの帰路につく際に独り言をごちる。
ちょうどイベントが行われていたこともあり、私の独り言は街中の喧騒に揉み消され、誰にも届いていないだろう。
いつもの電車に乗り、今日は運よく座ることができた。スマホを見るわけでもなく、対面の窓越しに見える赤く染まる遠くの街の風景を眺めながら、気づいたらこれまでの人生を回顧していた。
私、野村は都会でもなく田舎ともいえない関東地域の準・中核都市に産まれた。しっかりと管理された住宅街にある平凡な一軒家で、平凡な小・中・高校時代を過ごした。
父親は地元中小企業の経理担当。母親はスーパーのパートタイム勤務。3人家族で暮らす一軒家は、今は亡き祖父が購入した中古物件で、そこそこ密集している住宅街のちょうど真ん中くらいに位置し、特徴らしい特徴はない。
父親には、特に趣味らしい趣味もなく、平日は毎日19時頃には家に帰宅し、見ているのか見ていないのか分からないほど無反応に、毎日流れている中継やニュースなどのテレビ番組を肴に酒を数杯飲み、日付が変わる前には就寝する。
たばこ・ギャンブル、いわゆる向上系薬物もせず、休みの日も家の書斎に籠るかリビングでテレビを見る。家族で旅行らしい旅行などはしたことがない。近所付き合いも最低限といった感じで、家族ぐるみで仲が良い家庭などもない。ただ、この歳になって思うことは、不自由なく過ごせたことは両親に感謝しかない。
私については、我が国を探せばいくらでもいる平凡な顔立ちで中肉中背と特に特徴もなく、勉強も運動も際立ったものはない。中学は特色ある中高一貫教育の学園がいくつもあったが、地元の公立中学校に進学し、可もなく不可もなく義務教育を終えた。
昨今の少子化問題の影響のせいか高校進学にあたっては、高校側の担当者(私は彼らをスタッフさんと呼んでいた)から多くの説明会の案内や高校のパンフレットをもらった。
進学高はもちろん、スキル特化型のカリキュラムをアピールする高校や、全寮制の軍隊式学校など様々な選択肢があったが、結局のところ安全・安心な徒歩圏内の高校の普通科に進学した。
部活や校外活動もせずに怠惰に日々を過ごし、クラスメイトとの関係も、話かけられれば無難に会話をするが休日にわざわざ遊びや鍛錬にいくこともなく、かといって一人で出かけもせず、休日といえば自室で書物を読みふけるかゲームをするか天井を眺めるか、それに飽きたらリビングで同じく暇を持て余す父ととともに、テレビ画面を眺める日々を送っていた。
進路を考える時期になると、担任の教師から首都のある大学の指定校推薦を進められた。知る人は知っている大学でいわゆるボーダーフリー大学ではなく、過去には幾ばくかの優秀者も輩出し、実績もある大学だ。昨今、大学は生き残りが厳しいためか推薦入学生を増やし、地方の我が高校レベルの普通科にも多くの推薦枠を与えているようだ。
勧められたのはどうやら進学希望者がいなかった大学のようで、無難な成績を納めていた私が評定の条件をクリアしていることから選ばれたようだ。私のためというよりは、次年度の推薦枠継続のためにも入学して欲しいという魂胆もあったように感じる。
ただ、将来について全く考えておらず、やりたいこともなく、「大学へはいこうかな」くらいに思っていた私は、この提案を当然受け入れた。進学を機に都内に一人暮らしすることになるため、両親にこの話をした時は多少の反対なども想定していたが、すんなりとオーケーがもらえ、なんの障害もなく大学へと進学することができた。
大学時代は実家からも離れたこともあり、華々しくデビューを飾り、サークル活動を通じて男女と友情を深め、また、彼女との恋愛、辛い別れなどを経験……することは当然なく、一人で多くの時間を過ごしていた。
同じ学部(法学部)の仲間と飲みにいくことや、スポーツ観戦、トーナメント参加など、少しは大学生らしいこともした。女子ともゼミなどで会話をすることもあり、全くの孤独だったということもない。
大学生活を謳歌するのには偏差値なども関係なく、たぶんに漏れず、私が通う大学にも配信等を通じて有名になった活動者と呼ばれる人々もいた。また、同級生には国家的なイベントで名を馳せる人物もおり、数年後には大学のパンフレットにも載っていた。
こうした人々に憧れるわけでもなく、私は大学とバイト先とアパートを往復する日々を送っていた。
バイトは個人経営の居酒屋でホールにたち、時には厨房に立ち、また、時には酔っぱらった荒くれ者に絡まれることもあった。
今ではもう左腕には左腕があるが、ある日、荒れた客に左腕を切られ、しばらく不自由していた時期があったことも、彩りが少ない大学生活の一端としてよい思い出だ(たまに左腕がうずくのがツラいが)。
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