第2話


翌日、鎖を引かれて地上に引き出された私の前には、装飾過剰な玉座のような席がいくつも並ぶ大広間。左右には威圧的な貴族たちが並び、冷たい視線を向けている。


中央の壇上に立たされ、私は鎖ごと跪かされた。背筋が自然と伸びるのは、習慣のようなものだった。


「対魔物戦闘要員、ラセル・フェイン。命令に背き、魔物を逃した罪により、ここに召喚した」


高位の貴族が文書を読み上げると、ざわりと会議場の空気が揺れた。


「貴様の行いにより、敵が生きている。再び人が死ねば貴様の責任だ!」


「感情で命令を捻じ曲げた愚か者め!」


「なぜ見逃した!」


私は顔を上げ、彼らの言葉に耳を傾け続けた。


(ワタシタチ、ナニモシナイ。ニンゲンオソワナイ。コロサナイデ)


あの時の声が蘇る。小さな子の震えた声。


「なぜ、見逃したと聞いておる!!答えんか!!」 誰かが怒鳴る。空気が揺れるほどの声に、私は目を閉じて、そして静かに開いた。


「……彼らはただ、守ろうとしていただけです」


ざわつく空気。誰かの咳払い。誰かの嘲笑。


「何を守ろうとしていたというのだ」


「自分たちを、子どもを守ろうとしていただけです」


「魔物にそのような感情があるとでも?笑わせるな」


私は視線を上げ、目の前の貴族をまっすぐ見上げた。


「……本当に、そうでしょうか?」


嘲笑する声が止み、会議場に沈黙が広がった。まさか口答えされるとは思っていなかったのだろう。鋭い視線が、一斉に私へと向けられる。


「……あの魔物は、血だらけになりながら、子どもを庇っていました。その魔物の子どもは、後ろでただ震えていたんです。……先に手を出したのは、私たち人間ではありませんか?」


胸の奥で、ずっと燻っていた違和感が言葉になる。


なぜ、“魔物だから”という理由だけで、殺さなければならないのか。


「ただそこに“魔物がいた”というだけで……“出会った”というだけで、私たち人間は彼らを殺すんです」


「討伐しなければ、人間が死ぬ。生きるためには避けられぬことだろう!」


誰かの叫びが飛ぶ。だが、私は顔を上げたまま、静かに言葉を紡ぐ。


「――確かに、過去に魔物に襲われた街がありました。それが“対魔物専属戦闘要員”が設けられたきっかけだとも聞いています。ですが、あの街が襲われる前……その地は、緑豊かな森だった。人間と魔物が棲み分けていた頃があったんです」


その場の空気がわずかに揺れる。私は、目を逸らさずに続けた。


「森を壊し、住処を奪い、理由もなく命を奪ったのは私たち人間です。親を殺された魔物の子どもが、恨みを抱いても不思議ではない。人間は、私たちはどうしてそこに目を向けようとしないんですか」


ラセルの声は静かだった。それでも、貴族たちは言葉を失ったように黙り込む。


……だがその静寂を、容赦のない暴力が破った。


ラセルを連れてきた隊長が、腹部を蹴り上げる。


息が詰まり、私は壇上に膝をついた。


「教育がなっていなくて申し訳ありません」


重い沈黙の中、私の息遣いだけが壇上に響いていた。


蹴られた痛みに顔をしかめながらも、私は視線を逸らさなかった。


それが気に食わなかったのか、別の貴族が立ち上がる。


「くだらぬ情など持ち出す者に、剣を預けるべきではない!即刻、処刑すべきだ!」


「この場で首を刎ねろ!見せしめにするのだ!」


怒号が飛び交う。


私を討とうとする者と、それを必死に宥める者とで会議場はざわつき始めた。


そんな中、静かに椅子を引く音が響いた。


「待ってください」


一際落ち着いた声が、大広間を包み込むように響いた。


壇上からは見上げる形になる席——高位貴族の中でも特別な位置、


その一角に座していた青年が、立ち上がっていた。


漆黒の制服に身を包み、鋭くも整った顔立ちのその青年に、


周囲の貴族たちが一斉に頭を下げる。


「リアン公子……!」


「……彼女の発言、私は一考の余地があると感じました」


驚きのざわめきが再び広がる。だが、彼は動じない。


「皆さま、彼女の罪を問う前に、問うべきは“真実”ではないでしょうか。魔物がすべて“討つべき敵”であるという思い込みに、私たちが縋りすぎているのではありませんか?」


冷静な声に、沈黙が返ってくる。


リアンは壇の前までゆっくりと歩み寄り、私を見下ろす位置で足を止めた。


「ラセル・フェイン」


私はわずかに頷く。


「貴女の話を詳しく聞きたい。今ここで全てを裁くには、材料が足りない。私は“異端”を恐れて蓋をするのではなく、“可能性”として検討すべきだと考えます」


その言葉に、多くの貴族が顔をしかめた。だが、彼はその空気すらも切り裂くように、こう続けた。


「だから提案します。彼女を処刑ではなく“観察対象”として保留とし、調査のもと、再審議する。異議はありますか?」


沈黙。誰も声を上げられない。


その隙に、彼は私にだけ聞こえるような小さな声で囁いた。


「……生き延びろ。貴女はまだ終わっていない」


ラセルの目に、一瞬だけ揺らぎが走った。

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