閑話:冒険者ギルドの長

「報告ご苦労、お前たちの方からそれとなく注意を促しておいてくれ」


 月が中天に浮かび上がる頃。

 学園都市の冒険者ギルドの最奥、感情の赴くままに生きる冒険者たちを取り纏めるギルドの長が今日一日の報告を受け終えていた。

 口に咥えた煙管から紫煙を燻らせて、机の上に並んだ書類を処理しながら、今聞き届けた報告と学園都市を渦巻く問題への対処を思案する。


「未知の魔法を使うガキ、消えた追いかけてた馬鹿共、森の中で接触した奇怪な生物、足取りが掴めねぇ緑色、追いやられてる森の奥部の魔物、共鳴し続けるダンジョンの異変、自称英雄の息子……っち、考えることが多いなぁ?」


 古傷が見えるその厳つい顔を歪ませながら、手に取った書類の一枚を裏向けにして机の端に退けられていたペンを手に取る。

 そして躊躇うことなく書類にペン先を置いて、目下冒険者ギルドが抱えている対処の必要がありそうな問題を書き出していく。



「取り敢えずガキは放置だ。放っておいたら手が付かない始末になる気がするが、まだ大手を振って干渉を始める時じゃねぇ。最低でも半年はこっちから干渉する訳にはいかねぇ、向こうから来たとしてもある程度で引くべきだな」

「同じように奇怪な生物も放置だ。大方この生物共を召喚したのはこのガキだろうよ、付き人のように引き連れてたとかいう奴らもそうだろうよ。だったら無理に関わる必要はねぇな、注意さえしとけば馬鹿以外は問題ねぇだろうしな」



 変なガキと奇怪な生物と書いて、その二つを線で繋ぎ合わせながら放置と書く。



「消えた馬鹿共に関しては……深追いは止めた方が良いな。どうせ死んでるだろうし妙な感覚がする、クソッタレな魔人共の暗躍と同じ感覚だな。引き時を見誤ったら芋づる式で全滅するに違いねぇ」



 消えた馬鹿と書いて、それに丸をして深追い厳禁と書く。



「緑色に関しては情報を集めるべきだな。何が起きているにしろ、どうなっているにしろ、奴らの所在に関して調べておいた方がが良いな。人員を増やして探らせるか、手出しはしないようにと言い含めて」

「魔物は……近いうちに解決する気がするな。はぁーーー、何が解決に導くんだ? 誰が何をするから問題なくなるんだ? …………あぁ、クソ。役立たずが、取り敢えずランクを幾つか一気に挙げる準備だけし解けば問題ねぇか」



 緑色と書いて、それの下に人員を増やして調査と書く。

 苛つきながら魔物と書いて、その上からバツ印をその隣に問題なしと書く。



「ダンジョンは放置だ放置。人が足りねぇ、戦力が足りねぇ、頭が足りねぇ、何もかもが足りてねぇ。黄金の馬鹿共が帰って来て、学園との連携が確立できて、ようやく対処を考え始める時だな」



 ダンジョンと書いて、その上からバツ印をその隣に放置と書く。



「英雄の息子は、俺の領分だな。無駄ないざこざに巻き込まれる前にさっさと俺が対処して、本物かどうかとか何が目的なのかとかを調べるか。場合によっちゃ、残ってる白銀を押し付けて面倒を見させるか」



 英雄の息子と書いて、直接対処と書く。



 そうしてギルドの長の独り言共に進められた問題への対処の考案は終わる。すると長は煙管を吸って口から紫炎を吐き出すと誰もいないその部屋で、誰かに向けて話しかけるように大きく声を出す。


「もう充分だろ、お手上げだ!」


 自信の感情が色濃く出しながら思考を巡らせていた先程までとは違う、諦めや不安と形容出来る雰囲気の籠った言葉を吐き出す。

 すると、その声に応えるように静かに笑う声が染み渡るように響き、同時に部屋の何もない誰もいない空間に風と電が渦巻きながら出現し、その中心部分からゆっくりと人の形をした人ではない存在が歩くように出てくる。


「良いだろう。では、答え合わせといこうか」



 **********



「さて、どれから聞きたい? 残念ながら全てを答えることは出来ないからな」


 無より出現した存在は、椅子の背に凭れ掛かった長にそう言葉を投げかける。

 その声に感情は籠っていない。


「……ガキと生物」

「ほう? 当面は無視すると判断したんじゃ?」

「確証が欲しい。手を出さないのは前提に、何故出してはいけないのかというこの直感に確証が欲しい」

「なるほどなるほど、いいだろう。その考え嫌いじゃない」

「………」

「結論から言ってやろう。お前の判断は正解だ、ある程度の期間を傍観し続けるというのはあの男の相手をする上でこの上ない正しい選択だ。

 お前たちにも分かる表現をするなら……西の辺境に足を突っ込む羽目にならずに済んだという感じだな」


 存在の返した回答を受けて長は煙管を机の上に置いて、そのままの流れで顔を天井に向けて両手で覆う。そのまま息を吸って、深く深い溜め息を吐き続ける。


「分かった、もういい」

「そうか? あの生物たちの情報くらいなら、サービスで教えてやっても良いと思っていたんだが?」

「要らん。それを聞いてどうなるのかはお前が一番分かっているだろう」

「分からんな。俺は人間ではないからな、お前たちのような惰弱で柔軟な思考だの精神だのを持っているわけではないからな」

「どっちにしろだ。言う必要は一切ないからな」

「……ふはっ。良いだろう、次はなんだ」

「………」


 悩み、長は決める。


「……ダンジョンの異変だ」

「ほうほうほう、あぁ良いだろう。ダンジョンの異変に関して足りないから放置するというのは正解だ、お前たちには今何もかもが異変へと立ち向かうに当たって足りていない。押し進めたとしても、死ぬぞ容易くな」

「……原因は聞かん、異変の正体も聞かん。どれだけ死ぬ?」

「そうだな……最悪の場合はこの国が滅ぶな、一番マシな結果でこの辺り一帯が不可侵領域になる程度で済むな」

「スゥーーー、ハァーーー………よし。俺はどうすればいい?」

「何もする必要はない、その内巻き込まれて動かざるを得なくなるからな」

「……そうかい」



「じゃあ、次だ」

「……済まんが、時間切れだ」

「なに?」

「ジャミングがそろそろ解ける。それまでに証拠隠滅をしてしまって、雲隠れをしないといけないんでな」

「……狙われているのか?」

「いいや、今狙われた。即座に捻じ曲げたからこの場で問題は起きることはないが、対処しなければこの体は死ぬだろうな」

「お前が?」

「存在の格など関係ない、大君主に目を付けられたからな。犬辺りだろうと考えていたが、まさかまさかだ」


 次の質問を長が投げかけようとした直後、存在は時間切れだと言葉を返して最初に出現した時のように風と電を渦巻かせながらこの場を去ろうとする。

 人間とは比べ物にならない力を有する存在が逃げの一手を打たなければならない、大君主の正体が長の頭の中で引っかかるが、それを振り払う。


 振り払って、最後に個人として聞きたいことを訊ねる。


「英雄の息子と例の子供は関わるのか?」


 自らが対応しなければならない案件である英雄の息子、出来ることならば関わることがないままで終わりたいガキと呼称していた子供。


 その二人が関わり合うことがあるのか、互いに互いへ影響を出し合うのか。

 湧き上がる不安要素を排除するために、長はその質問を投げる。

 どうか、関わり合う事はないと言ってくれという希望を込めて。


 その希望を粉砕して、どうしようもない不安を掻き立てる回答を体の半分が渦の中へと沈んでいっている存在が放つ。

 諦めろ、それが定めだと、この場に来てから始めて言葉の中に言葉通りではない意味を込めながら。




「残念ながら、既に運命は交わった。もう回避なんて誰にも出来やしないさ、クソッタレな顔無しがクソみたいな干渉し方をしてくれやがったせいでな。

 お前の中の不安要素を排除したければ、世界を犠牲にどちらか片方を殺せ。運が良ければ滅んだ後の再起を進む世界での数少ない生き残りになれるかもな」

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