姫美子の秘密②

「何かつくろうか?」と姫美子は言ったが、「宅配でいい」と凛子がさっさと料理を注文してしまった。ピザやら牛丼やら餃子やら、和洋中、手当たり次第、頼んだようだ。

 品川にある十三階建てのマンションの最上階、ペントハウスに姫美子たちは住んでいる。なぜなら、ここに姫美子たちが暮らした屋敷があったからだ。

 凛子は資産家のお嬢様だった。

 デベロッパーに敷地を売り払う対価のひとつとして、ペントハウスを提供された。

「久しぶりに、まともな食事ができる」と次々と凛子が平らげて行く。

「一体、日頃、どんな食事をとっているのよ」と嫌味のひとつも言いたくなった。

「あなただって」

 そう、食欲なら姫美子も負けていない。二人して、パーティでもやる量の食事をあっという間に食べ尽くしてしまった。

 食事を終えて、ベランダで煙草を吸っている凛子に、壁によりかかりながら姫美子が声をかけた。「ねえ。今回はどんな仕事?」

 何事か考え事をしていたようで、凛子が「うん?」と気の無い返事をしてから、「ああ、埼玉で悪魔祓い」と答えた。

「大変そう?」

「大丈夫。下っ端の悪魔だから」

「そう」姫美子はまだ不安気な表情だ。

 凛子は悪魔祓いだ。それも、恐らく日本で一、二を争うレベルのトップクラスの悪魔祓いなのだ。資産家のお嬢様が悪魔祓いになった経緯については、姫美子も詳しくない。


 ――悪魔の目的は魂を集めること。


 と凛子は言う。悪魔は人の魂を集めることで生きながらえている。直接、手を下すことができない。そこで、人の精神的に追い込んで、心を崩壊させることで命を奪い、自らの糧とするのだ。

 普通だったら、そんな話、信じることなどできないだろう。だが、姫美子は実際に悪魔と対峙したことがあった。

 姫美子が高校生だった頃、凛子は記憶を操る悪魔、カイアムを祓おうとして、逆に、記憶の爆弾を埋め込まれてしまった。

 悪魔はその存在した年数により、レベルが異なる。経験を積めば積むほど、レベルアップし、人の心を操る能力やスキルが向上する。

 カイアムはシュープリーム級と言われる最上級の悪魔だった。

 カイアムが埋め込んだ記憶の爆弾は、姫美子が使っているものとはレベルが違う。爆発すれば、記憶を失い廃人となってしまう。

 母を失いたくなかった姫美子は、悪魔祓いの仲間である宇佐秀次郎うさしゅうじろうを頼った。宇佐は凛子と同等の力を持っていた。

「ごめん。姫美子ちゃん。凛子さんを救うことは無理だ。カイアムと同じ力が必要になる。そんな力を持った悪魔祓いなんていないんだ」と宇佐は途方に暮れた。

「前に、母からエルフォンの話を聞いたことがある。あいつを呼び出して。取引したい」と姫美子は宇佐に頼んだ。

「それは・・・」と宇佐は尻込みした。

 契約する悪魔、エルフォンは、人の望みを叶える代わりに、寿命を奪って行く。金持ちになりたと願えば、金持ちにしてくれるが、契約で十年と定めれば、十年後に魂を奪いに来る。カイアム同様、シュープリーム級の悪魔だ。

 姫美子は「話だけでもさせて」と宇佐をかき口説いた。当時、まだここに屋敷があった。古びた洋館の庭に祭壇を築いて、そこに降魔術でエルフォンを呼び出してもらった。

「冴木凛子の娘か。何を願うのだ?」とエルフォンが現れた。

 悪魔と言っても見た目はその辺の人間と変わらない。エルフォンは優雅な悪魔だ。さらさらヘアーをなびかせ、真っ白な服を嫌味なく着こなし、一見、天使のような風貌だ。

 凛子は悪魔の間で有名人のようだった。

「カイアムと同じ力が欲しい」と頼むと、「面白い。その力をどう使う?」とエルフォンが尋ねた。どう答えるかによって、契約が成立するかどうか決まる。

「カイアムを排除するため」と答えた。

 所詮は悪魔だ。仲間意識など無いのは勿論な上、隙を見せれば仲間同士で足の引っ張り合いを始める。それでいて、自分にとって都合の良い時には、手を組み、共闘をする。

「そうか。カイアムを排除したいのか。あいつが消滅してくれれば、俺にも恩恵があるな。お前に出来るのか?」

 悪魔同士、魂の奪い合いだ。競争相手、特にカイアムのような強力なライバルは一人でも少ない方が良いに決まっている。

「やって見せる」

「分かった。取り敢えず、十年の時間をやろう。その間にカイアムを排除してみろ」

「十年では短すぎる」

「確かに無理だろうな。では二十年だ」

「あなたたちは何千年も生きているのでしょう」

「取り敢えず二十年だ。それが嫌なら、この契約は無しだ」

 こうして姫美子は自分の寿命と引き換えに、カイアムの力、思い出を操る力を手に入れたのだ。

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