第3話 オレの心の叫びを聞いてくれ
月曜日。久々に制服を着て家を出る。夏休み明けの9月1日みたく、友達に会うのが楽しみだ。自転車に乗り駅に着くと、早速オノデラに声を掛ける。
「ったく…シャレにならねえよな、おい」
「アハハ…しょうがないねえ、どうも」
オールナイトリスナー同士の会話は、なぜか殿と高田センセーの掛け合いみたいになるから不思議だ。教室に入ると、女子からも声を掛けられる。
「何で休んでたの」
昨日考えた渾身のギャグでもくらいやがれ。
「手術…ホーケーの手術」
どうだ、ウケただろ。電話を掛けてくれたフジムラが冷ややかな視線を浴びせ去って行く。演じてるワケじゃない…こうゆー性格なんだ。
イハラ先生が来てHRが始まる。オレに一瞥をくれることもなくHRを終え、去り際に一言。
「放課後、社会科準備室まで来い」
望むところだ、その挑戦を受けてやるぜ…オレの首をかっ切ってみろ。
国語の授業になる。『かもめのジョナサン』飛ぶために生きるのか、生きるために飛ぶのか…だと?まさに今の心境だじゃないか。イハラ先生はワザとこの作品の授業にしたのか…いや、教科書の順番通りだ、偶然だったのか。なぜか心に突き刺さる、マジメに聞こう。正岡子規に落書きしている場合じゃない。 休み時間、フジマ君から借りた『カムイ伝』を読む。フジマ君は、その風貌と高校生らしからぬ堅物の言動から、"地蔵"とあだ名される変わったヤツだ。マンガ好きではあるが、コバのように最近のマンガは読まずひと昔前のマンガばかり読んでいる。オレもそっちの方が好きだった。カムイを読んでいたら、また問い掛けられる…。
お前はいったい、何のために生まれてきたんだ?
長州、ラジオ、ジョナサン、カムイ…最近なぜか、見るモノ聴くモノすべてから、そう問い掛けられている気がした。ノダ先生の公民の授業で教わった、自我の芽生えというやつか。放課後イハラ先生から呼び出されている、先生に聞いてみるか…そう思いながらヤキソバパンをコーヒー牛乳で流し込む
放課後、イハラ&ノダのタッグが待ち受ける社会科準備室のリングに向かう。こんな時にはお笑いを捨て、セメントもできるのがストロングスタイルなのだ。
「コンドウは、ピーターパン症候群…て知ってるか」
意表を突かれた…一年生の時、登校拒否に追い込んでしまった因縁のハヤカワ先生もいる。ハヤカワ先生もオレに気を掛けてくれているのか。これではまるで、イノキVS新国際軍団の1VS3マッチじゃないか。3人を相手にしても、決してギブアップしない。
「オレの心の叫びを聞いてくれ」
なぜ勉強するのか、なぜ学校に行くのか、学歴のためだけならば、オレには必要ない…オレは社会の歯車じゃない!
「こんな学校辞めてやる」
だがそれは、長州ではなく、2・3札幌の藤波のセリフだったことに気付いた。
「オフクロさんには話したのか」
イハラ先生のカウンターの逆ラリア―トのようなその言葉に、思わず黙り込んでしまった。
やはり、母は帰って来てないとは言えなかった。
ーーーーー
「学校辞めてどうするんだ」
昼間のイハラ先生の言葉が甦る。
どうせなら自分が好きなことをやってみたい。
オレが好きなこと…小さい頃からお笑い番組が好きだった。小学生の頃はドリフに夢中で、中学生になるとお笑いスター誕生やひょうきん族に夢中になった。人を笑わせたり喜ばせるのが好きだった。小5の時のお楽しみ会では、ドイガキ君と一緒にコントをやったこともある。単なるダジャレの稚拙なネタだが、それなりにウケた。何よりもシムラやカトちゃんのマネではなく、自分たちで創ったコントで笑わせたことに自信を持てた。
オレがやりたいことはひとつしかない…家を出て、お笑い芸人になろう。
お笑い芸人になれば、父や母やおじさんなどの家のことや、あまり思い出したくないマヌケな失敗談…先生や友達にも言えない恥ずかしいことも、ギャグにして話せるし、笑わせることだって出来る。むしろ、そんな“恥”こそが、武器にすらなるのだ。お笑い芸人になろう…大ファンである"殿"の弟子になって、"殿"のようなお笑い芸人になりたい。
"殿"のトークによれば、最近は放送局でラジオ終わりを待ち伏せして弟子入りを志願する人が多いらしい。おそらくその方法では、競争率も高いだろうし、人と同じことをしていてもダメだろう。自宅に直接行って直訴してみるか。"殿"は今、所属している事務所が、以前あったマンションの部屋に住んでいると話していた。“事務所”の住所は、どこかで見た記憶があった。中三の時に買った、2冊目のラジオ本だったか。あった…巻末の当時の関係者の履歴書、同じ事務所のツルタローのページに、“事務所”の住所がマンション名と部屋番号まで書いてあった。東京都新宿区四谷三丁目…。"殿"は、ここに住んでいる。
翌日。学校には行かず、午後になると東海道線に乗り、都内に向かう。思いついたら行動してしまうヤバい性格は、母譲りの血か…と気付き、おもわず苦笑した。
東京駅で丸の内線に乗り換え、四谷三丁目駅で降りる。地上に出ると、人の多さに別世界に来たような気がした。
「これが東京なんだ…」
四谷三丁目の交差点から、新宿通りを四谷方面に向かう。しばらく行くと、“事務所”の看板が見えた。マンションは、この辺りにあるはずだ。ラジオ本で知った住所を頼りに周囲を探す。新宿通りを少し戻ると、道路沿いにそのマンションはあった…。
ここまで来たら…もう、後戻り出来ない。
ーーーーー
四谷三丁目。ようやく見つけた“殿”のマンションの前を何度か行き来して、それとなく中を窺う。どうやら受付もなく、管理人もいないマンションのようだ。何気ない顔で中に入り、エレベーターに乗り込む…堂々たる不法侵入だ。目的の階で降りて部屋を探し、ドアの前に立つ。表札には手書きで「ミウラ」と書かれていた。 ミウラ…誰かのいたずらで、表札を最近TVや週刊誌を騒がせている“ロス疑惑”の人物の名にされた…と、ラジオで話していた。この部屋で間違いない。インターホンに手を伸ばす…ダメだ。手が震えている…落ち着け。「ふ~」と深呼吸すると、覚悟を決めてボタンを押す。
〈ピンポ~ン!〉
「で、弟子にして下さい!」
頭の中で、"殿"が出てきた場合の行動を考える…土下座はするべきだろうか。だが、インターホンは無反応だ。もう一度、押してみる。
〈ピンポ~ン!〉
「はい…」
インターホンから声が聞こえる…TVやラジオで聞き慣れた"殿"の声ではない。
「タ、タカシさんは、いらっしゃいますでしょうか」
ドアが開くと、TVでは見たことがない人が出て来る。
「キミは…誰かな?」
そういえば最近、ラジオで新しいボーヤ(付き人)の話をよくしている。このヒトが、その“ネアンデルタール・イシカワ”さんか。
「タカシさんの弟子になりたいんです」
「師匠は今、海外ロケ…日本にいないよ」
「…」
「キミ、いくつなの?」
「16です」
「高校一年生?」
「二年です」
「絶対ダメだと思うよ…高校出てから来た方がいい」
「…」
「どこから来たの?」
「神奈川です…お城がある街」
「あ、そうなんだ…オレ横浜。シンゴちゃんの実家の近く?」
「まあまあ近いです…八百屋さんですよね」
シンゴちゃんとは、素人お笑い番組からTVに出てきた地元出身のタレントさんだ。最近はドラマにも出て、役者の仕事もしている。川を一つ隔てた隣の中学出身だった。小学校を転校したばかりの頃か、中学の頃だったか…友だちに自転車で案内されたことがある。
「シンゴちゃんとは、劇団で一緒だったんだ」
イシカワさんは弟子入りする前は役者さんで、ミホジュンと共演した経験もあり親しく話していたというラジオのトークを思い出した。
「茶、飲みに行こうか」
「はあ」
「待っていても、今日は師匠帰って来ないよ」
「…」
立ち尽くしていると、イシカワさんが部屋から出て来て、廊下をそそくさと歩き出した。仕方なくついていく。
マンションを出ると、イシカワさんはマウスピースを取出し、口にくわえ〈ピーピー〉と吹き始めた。そのまま新宿通りを歩く。イシカワさんがトランペットの練習をしている…という話を思い出す。
(これが…プロの芸人なんだ)
TVには出ていない下のヒトたちでも、どんな時でも芸の稽古を忘れない。
(もしかしたらオレは、そんな陰の努力は見ずに、スポットライトの光だけを見て憧れていたのかも知れない…)
そんなことを思いながらイシカワさんについて歩いていくと、前から色付きメガネを掛けた、品のいいご婦人が歩いて来た。
「お疲れ様です」
イシカワさんが、〈ペコリ〉と頭を下げる
「タカちゃん、帰って来たわよ」
「え!?」
イシカワさんの顔が、みるみるうちに付き人の表情に戻っていく。そうか…あの女のヒトが有名な、事務所の副社長か。
イシカワさんが冷たく言い放つ。
「キミはここで帰りなよ…絶対に無理だから」
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