第7話 コーヒーの結果
朝礼が終わり、教室には少しのざわめきが残っている。一限目が始まり、先生の姿がドアから現れた瞬間、私はその顔を見て息を飲んだ。既視感。あの光景……コーヒーの中で見た未来。先生の手にはプリントの束がある。そして、次の瞬間、教室全体がざわつきだした。
「今日は授業の前に小テストをします」
先生の言葉が耳に入るたびに、胸の奥で鼓動が一つ、どくん、と跳ねた気がした。心臓が早鐘を打ち、手のひらに汗がにじむ。
プリントが配られていく。紙の音がやけに大きく響き、手元にプリントが届いた瞬間、視線が自然と吸い寄せられる。目の前に広がる問題の内容に、私は目を見開いた。これだ。これ……コーヒーで見た内容そのまま。
昨夜のことを思い出す。あの魔法陣、呪文、そしてコーヒーを飲んだ瞬間の光景。今まで半信半疑だったけれど、これは本物だ。未来を見せるおまじないが、本物だったんだ。
驚きが胸に押し寄せる。その代わり、わくわくする気持ちがそれを追い越す。これなら問題ない。コーヒーが見せてくれた範囲だけはしっかり勉強してきたんだ。私の心臓は興奮で高鳴りが止まらない。ペンを取り、問題に向き合った。
「澪、すごーい! 満点なんて」
隣の席の奈子が満面の笑みでプリントを差し出してきた。私が受け取るとき、彼女の瞳が尊敬で輝いているのがわかった。その視線に、なんだか胸がちくりと痛む。
「たまたま復習していた範囲が出たの。ラッキーだっただけだよ」
自然な口調で答えたつもりだけど、声がほんの少しだけ上ずっていた気がする。笑顔を作りながらも、内心では自分に言い訳を繰り返していた。
本当は、昨夜あのコーヒーでテストの内容を知っていた。でも、私が見たのは問題の内容だけ。答えをそのまま知っていたわけじゃないし、しっかり勉強して準備した範囲で解いたんだから、大丈夫だよね……?
そんなことを頭の中でぐるぐると考えていると、奈子がまた言った。
「でも、満点なんて滅多に取れないよ。本当にすごい!」
私は彼女に笑顔を返しながら、内心のざわつきを隠すのに必死だった。
部室の薄暗い空間に、紙をめくる音が静かに響く。日和は机の上に置かれた解読書を片手に、澪の持ってきた本のページをじっくりと見つめている。その真剣な横顔を見ながら、私は心の中で迷っていた。コーヒーのおまじないのことを告げるべきか。でも、こんなすごいこと誰にも教えたくない――私だけの秘密にしたい。そんな欲望が頭を離れなかった。
「ねえ、この文字……」
日和が解読書を指差しながら言った。
「確かにルーン文字なんだけど、これ、ちょっと変わってるみたい」
「変わってる?」
私は思わず尋ね返した。日和は本の文字に指を這わせながら説明を始めた。
「ルーン文字には基本的な形があって、それが北欧とかゲルマン文化の中で使われてた。でも、地域によって独自に変化した文字もあるの。例えば、もっと装飾的になったり、一部の意味が変えられたりね」
「へえ……」
私は驚きながらも、彼女の話に引き込まれていく。
「でも、この文字はさらに変わってる。少なくとも、私が見たことのある解読書には載ってない感じ。まるで、元のルーン文字を元にしながらも新しく作られたみたいな……」
彼女の声には、興味と戸惑いが入り混じっていた。
「あーわかんない!」
日和は頭を本に突っ伏した。ため息混じりの声が部室に響く。そのまま数秒じっとしていたかと思うと、彼女は顔を上げ、机に広げた本を指差した。
「これは、文字から解読しないと翻訳できないよ」
彼女の困惑と苛立ちが混じった声に、私は苦笑しながら頷く。確かにこの本、普通じゃない。何かが隠されている気配がする。でも、それが何なのか私にはさっぱり見当もつかない。
日和は頭をかきながら、スマホを取り出した。
「ねえ、ちょっとこの本撮っていい? 家に帰ってから再挑戦してみる」
そう言うと、日和は本のページに視線を落とし、スマホのカメラを構える。その表情は真剣そのものだ。
私は一瞬、彼女を止めるべきか迷った。この本の内容が、もし彼女に何か影響を与えたらどうしよう。でも、その懸念よりも、彼女ならこの本の謎を解き明かせるかもしれないという期待のほうが勝った。
「わかった。でも、変なことになったら教えてね」
そう言って軽く笑いながら、私は内心の不安を隠した。日和がスマホのシャッター音を聞きながら、本の不思議さが一層深く胸に刻まれた気がした。
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