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レコードショップは、商店街の端にある小さなビルの地下にひっそりと佇んでいた。
扉を開けると、カウベルがカランカランと鳴り、レトロなジャズが静かに流れてくる。
「わぁ……すごい。全部アナログだ。当たり前だけど。」
遥陽が目を輝かせて棚の間を滑るように歩き出す。古びた木の床が軋む音さえ、彼女の中ではきっと「音楽」なんだろう。
「いらっしゃい。」
店の奥から、年季の入ったエプロンをつけた初老の店主が顔を出した。
柔らかな声でそう言いながらまっすぐ夏葵の方を見た。
「また来てくれたんだね、今日もひとりかい。」
「えっと、今日はふたりです。」
夏葵が隣に目を向けると、遥陽はすぐ横で少しだけ首を傾けながら店主に会釈をした。
その瞬間、店主の表情に、ほんのわずかだが戸惑いの色が浮かんだ。
それから一拍置いてぎこちなく微笑みをつくる。
「ああ、君もこんにちは。見たいジャンルがあったら声をかけておくれ。」
そう言いながら、どこか曖昧な距離の取り方だった。
遥陽が店に存在していることは確かに認識した、けれど、それがどこか現実から半歩ずれているような応対に感じられた。
「なんか変な感じだったね?」と遥陽が笑う。
夏葵は黙ったまま小さく頷いた。
「変な感じ」というのが、あの一瞬の表情の揺れを示しているなら遥陽も気づいていたのかもしれない。
その後他愛もない話をしながら、棚の奥で見つけた一枚のレコード。
『ステレオ・ブルー』と手書きされたジャケットが妙に目に留まった。
「これ……」
夏葵が呟くと、遥陽が隣でそっと言った。
「気になる? なら、今度はそれを聴いて夏葵の音を育ててみようよ。前よりきっといい音ができる。」
その声が、頭の中のノイズを撫でるように消えていった。
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