殺人鬼のレズによる地獄のお掃除

ジデンタツバ

第1話 灰色の地獄

──最期に交わしたのは、たった数分の深いキスだった。


長い浮遊感の後、地面に叩きつけられる鈍い感覚に意識を削がれる。

しばらくして、遠くから聞こえる足音と、口の中に広がる血混じりの不愉快な灰の味で飛び起きる。あの長すぎる滞空時間にしては不思議と身体に怪我はない。

戸惑っている自分をよそに、目の前で音を止める足音。

顔を上げる。赤い空に、だだっ広い灰塵の砂漠。

そして何より──


「見ろよ、女が落ちてきやがった」

「生きてる間に何したらここに来るんだ?」


耳障りな言葉で見下す、角と翼、長い尻尾を垂らした悪魔たち。1人2人ではなく、まるで動物園にやってきた珍しいものを見るような目が注がれる。

なんだその目は。私をそんな目で見るな。

私は、すっ。と立ち上がり、中指立てて──


「お前たちの粗〇ンが私を犯せると思うなァ!? 猿がよぉ!!!」


奴らを煽る。この場所に来てから初めて口にした言葉がこれか。まあそれも悪くない……と思う。


「───アァ!?」

「このクソアマァ!!」


完全に頭に来ている様子だ。猿が顔まで真っ赤にしているのを見るのは少し気分がいい。

──あとは"いつも通り"逃げおおせる"だけ。

探偵の逃げ足は早い。それはただ単に逃げることだけではない。面倒な爆心地からいち早く離れるためのものでもある。警察の尻拭いと世話をするのはもう散々だ。

生前の何千倍も軽くなった体を走らせる。

無尽蔵の体力、全力のダッシュに余裕で着いてくる自分の身体に惚れ惚れする。

こんなところで犯さヤられる訳には行かない。

男は嫌いだ。ここに来る前の微かな記憶を辿ると、私は男からよく好かれ、ナンパ、声掛け、痴漢何でもされた。らしい。

それだけで身体中の鳥肌が立ち、嗚咽が漏れる。嫌だ、気持ち悪い、思い出したくない。という生理的な本能からの拒絶。目に涙さえ浮かぶ。でも今は?今は違う。灰を食った口は不快感しかないが、この身体は他の誰のものでもなく、あの人に捧げたもの。この尻尾をあの人に絡みつかせ、あの人に翼を触ってもらい、蕩けるような声で褒めてもらう。その想像だけで恍惚……


…………翼?尻尾?何を言って…………


「……ある。何この尻尾。何この翼。ちっさ。あとなんだこの角ォ!?」


ふりふりと尻尾をふり、ぱたぱたと翼を動かし、頭から生えた二本の角を触る。骨を直接触っているようでいい気分はしない。抜こうとすると脳みそまで出てしまいそうだ。


「うえ、気持ち悪……でも、角は帽子で隠せるかな……自分でも見たくない……それにしても……」


尻尾はともかく飛べるのか心配になる翼。動かし方はなんかそれらしい筋肉があるのかは知らないが割と自在に動く。それもまた気持ち悪い。後付けの義手を無理やり背中と腰につけられたような。まあでもつけたことは無いから分からない。

さて今は逃げなければ。


「私には愛しの恋人が居るからなぁ〜!!待っててねアリィ!!今迎えに行くからぁぁぁぁぁぁぁ………………」


赤黒い空に叫びが響いていく。

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