【見張り塔にいた】

「ど、どうも。僕はアケルだよ」


 頼りなさそうに眉毛を下げた少年が、ぺこりと頭を下げた。

 バクフウと同じ軍服を着た、この気弱そうな少年が門番長なのか。にわかには信じがたい。ライメイに似て幼子のように細く小さいし、今にも倒れそうな顔色の悪さも気になる。それに心なしか震えているし。

 間もなくして、バクフウが部屋へ入って来た。


「門番長、失礼します」

「バクフウ君。お疲れ様だね」


 あからさまに安堵の表情を浮かべたアケルが、わたしと智景に対する警戒を解いた。その代わりに興味津々といった様子の視線に変換された。


「人間が二人。しかも男女。アンダーランドに入って来たのはもちろん知っていたけど、やっぱり生で見ると違うね」


 まるで検体を見るかのような視線をわたしたちに注ぐ。居心地の悪さを感じていると、バクフウが遮るようにアケルの目の前に立った。


「不躾かと」

「そうだね、ごめんね」


 素直に謝ったアケルは、バツが悪そうに顔を歪めた。

 程なくしてライメイを引っ張りながらスミが現れた。スミと言えどもさすがに息が乱れている。反対にやけに物静かなライメイが気になって見ると、白目を剥いていたから驚いた。


「ライメイさんが死んでる!」


 わたしの叫びよりも先に、同じくライメイに気付いたバクフウが我先にと駆け寄った。ライメイの頬を軽く叩くと、じんわりと頬が朱に染まる。

 ゆっくりと目を開いたライメイが、わたしを見て恥ずかしそうに呟いた。


「君のリアクションは大げさすぎ。ただ現実逃避していただけだよ」


 ふらつきながら起き上がったライメイは、全員の視線から逃れるようにスミの背中に隠れた。


「そんな現実逃避の仕方ある?」


 不思議そうに首を傾げるアケルの意見はごもっともである。

 全員が揃ったところで、さっそく本題に入ることになった。アケルがこほんと咳ばらいをしてから口を開く。


「微風が吹いたとバクフウ君には伝えたけど、あれから変化があったんだ。今回の風は舞い下りる日になると思う」


 人前で話すことが得意ではないようで、今にも消えそうなくらい声が小さい。自ずと全員がアケルとの距離を縮めると、アケルから「ひい」と再びか細い悲鳴があがった。

 顎を指先で摘まみ考えごとをするスミを、ちらりと盗み見る。


「まあ、そんなに都合よく舞い上がる日が来るわけないよな」

「逆に考えろ。弟と合流するまでの時間を伸ばすことはできただろ」


 バクフウに諭され、確かにと思う。

 都司を探し出す前にわたしだけが風に乗ってしまったら、もう探しようもない。

 けれどスミは首を振って否定する。


「例え合流できなくても、舞い上がる日が起きたなら、その風に乗って帰ればいい。もし小町の弟が見つからなくても、だ。だってそんなの俺たちが弟を探して、また風を見つければいいだけの話しだろ」


 スミの袖を控えめに引いたライメイが口を挟む。


「確かに、風は不確実なものだからね。起きる時を利用しない手はないと私も思うよ、スミ君。でも今回は舞い下りる日が起こる予想でしょ。時間調整が出来てラッキーくらいに思って良いと思うね」

「ああ、そうだな」


 スミの言葉を聞いて、胸の中がどっと安堵で埋まった。

 そうだった、わたしだけではなく都司のことも助けようとしてくれているのだ。当たり前のように温かさをくれるスミを見ていると、頬が自然と緩んでしまう。


「都司のことも考えてくれてありがとう、スミ」

「別に、当たり前だろ」


 当たり前じゃないよと返したかったけれど、スミにとっては違うのだろう。わたしはそうっと口を閉じた。

 アケルが小さく手を上げて発言する。


「その弟君についても、バクフウ君に言われて調べてみたよ。ちょっと不思議なんだけど、目撃情報を得た時間から逆算すると、とっくにアンダーランドに着いていてもおかしくないんだよねえ」

「つまり、どこかで智景の情報と混ざってしまったとか?」

「意地悪だな。門番の僕らが誤情報に踊らされるわけないよ」


 スミの予想を即座に切り捨てたアケルの目が、挑戦的にぎらつく。

 門番長であるアケルがそう言うのだ。アンダーランド内にいないのは事実だと思って良い。なら、都司は今どこにいるのだろうか。

 ぱん、と手を鳴らしたアケルが再び口を開く。


「現状、舞い上がる日までの猶予は出来たんだ。弟君の情報を中心に探していくよ。本業の合間ですることになるから、進捗には期待しないでほしいけど」

「十分ですよ。ありがとうございます、アケルさん」


 わたしは感謝を込めて頭を下げる。するとなぜかアケルがますます小さな声になった。


「礼儀正しい人間もいるんだね」


 アケルの言葉に、バクフウが被さるように言う。


「一ミリでもいいから見習えよ、智景」

「うっす」


 納得いかないような顔をしている智景の頭を小突くバクフウ。

 やんわりと場の空気が和らいだ。

 それから小一時間ほど、他にも風や都司について有益な情報はないかと報告書を探して貰った。目ぼしいものは無かったけれど、アケルが情報の洗い直しをすると意気込んでいた。

 帰りの馬車に乗り込む直前、バクフウに肩を引かれる。


「遅くまでお疲れさん。それと今日も姫様の相手をしてくれてありがとう。多分、明日も店に遊びに行くと思うからよろしくな」

「気に入ってくれて何よりです。わたしも楽しみにしています」


 今日もハクジが店に来てくれた。昨日とはまた違う綺麗なドレスを着て。明日はどんなドレスを見せてくれるだろう。


「おーい、早く乗れよ」


 智景に急かされたから、わたしは慌てて馬車に乗り込んだ。

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