【智景に見つけられた】

 みんなと食べる賄いのカレーライスは絶品だった。

 机を挟み、目の前に座るライメイが小さな口に運ぶのは、白くぷりぷりとした一口大の物体。おそらく骨付き芋虫だろう。ついにわたしも食す時が来たのかと腹をくくったが、いくら具を掻き分けてもそれらしい物体は見当たらなかった。

 近くにいたアマミがくすりと笑い、「美味しいんだけどね」と呟く。


「人間だって地底人と同じように好き嫌いはあるものだって分かってるよ。その代わりコーンは多めに入れといたから、しっかり食べなね」


 アマミと話していると、ドタドタと大きな足音を響かせながら店内に客が入って来た。束の間の休息を得ていたドアベルが、諦めたようにカランカランと音を鳴らす。


「あの、ここに人間がいるって聞いてきました!」


 溌溂とした声の持ち主と目が合った。


「見かけない顔が二人いる。どっちも人間?」


 ライメイとわたしは顔を見合わせ、もう一度しげしげと少年を見る。彼こそがバクフウが言っていた人間なのかもしれない。

 わたしは恐る恐る挙手した。そして問いかける。


「わたしが人間です。もしかしてあなたが智景さんですか?」

「そうそう、俺が智景。あんたも風を探しに来たんだな」


 わたしが頷くと、智景は大型犬よろしくわたしに駆け寄って来た。避ける間もなく距離を詰められ、両手を握り込まれてしまう。

 名前からして日本人らしい、黒髪にこげ茶の瞳をした少年が、きらきらの笑顔でわたしを見つめる。


「仲間ってことで、これからよろしく。名前は?」

「小町です」

「オーケー、小町。仕事終わったらどっか遊びに行く?」


 ああ、苦手な感じだ。

 わたしは「迎えが来るのでごめんなさい」と伝え、目の前に分厚いバリアを張った。それでも食い下がる智景の脳天に、ソヨギによるチョップが決まる。

 地面に倒れていく智景を、腕を組み仁王立ちで見送るソヨギ。

 さすが接客業と叫びたくなるほど完璧に、苛立ちを笑顔の下に隠して言い放つ。


「神聖なメイドに気安く触るなんて、絶対に許すまじなんだから」


 こうして智景と出会ったわけだが、いくらわたしにとって苦手なタイプでも、智景はずいぶんとアンダーランドに受け入れられていた。ソヨギとも顔見知りらしく、今だっていかにメイドが尊い存在であるかを延々に聞かされているところだ。

 五分、十分とソヨギの語りが続く中、空になった皿が次々と厨房の方に片付けられていく。

 ソヨギは最後にびし、と智景を指差した。


「この店に足を踏み入れたんだから、ご飯くらい食べて行きなよね」

「最初からそのつもりだよ、ソヨギさん。俺腹減って死にそう」

「座って待っていてね、すぐカレー用意するから!」


 ぴょこぴょこと厨房に駆けて行くソヨギとすれ違う。その際に見えた横顔がとても嬉しそうに見えた。

 カランと控えめにドアベルが鳴った。

 わたしはソヨギに負けないように笑顔を作って、新たな客を出迎えた。


「いらっしゃいませ」

「ごきげんよう」


 笑顔は一瞬で驚きへと変わってしまった。


「ハクジ姫様、どうしてここへ?」

「あら、あたくしが来たら何かおかしくて?」

「そう言う訳じゃないですけど、急でしたからびっくりして」

「あたくし、今がほんの少し賑わいが減る頃合いだって知っているわ。だから来ましたの。アフタヌーンティーセットを用意して頂戴」


 ソヨギが「すぐにご用意いたしますね」と俊敏な動きで厨房に駆けて行く。わたしがその背中を追う前に、ハクジから声がかかった。


「どうぞおかけになって」


 窓際の客席に腰掛けたハクジ。その向かいの椅子がバクフウによって引かれる。周囲を見る限り、護衛はバクフウ一人のようだ。お忍びで来たのだろうか。わたしがもたもたしていると、アマミがぐいぐいとわたしの背中を押した。


「ハクジ姫がお待ちなんだから、早く行っちゃいなよ」


 わたしは恐々と客席に近づき一礼する。それからそうっと椅子に腰かけた。するとハクジが身を乗り出すようにしてわたしを見てくる。


「何でしょうか」

「あなた、ツインテールが似合うのね。メイド服も様になっているようで良かったわ。アンダーランドに相応しい身なりよ」

「ありがとうございます。ハクジ姫様も素敵なドレスを着ておられますね」

「お気に入りのドレスなの」


 この店の制服と似た、ミントグリーンのドレス。パニエでふんわりと膨らんだスカートのシルエットが可愛らしい。


「お似合いです」

「知っているわ。ねえ、バクフウも似合うと思うでしょ?」

「ええ、もちろん」


 満足げな顔をしたハクジだったが、スイーツを持って来たソヨギに一瞬にして意識を持っていかれたようだ。見間違いだと思いたいが、確実に口の端から涎が垂れているのが分かる。

 わたしの横にライメイが座り、周囲に店員が集まり、ソヨギが追加のティーポットを持ってくる。いつの間にか常連客や智景をも巻き込んで、時間外れのティータイムに突入した。

 ハクジがころころと笑う様子を見て思う。みんなへの態度はどこか柔らかく、出会った時のつんけんとした雰囲気は感じられないな、と。

 ハクジにとってこの場所は、少しだけ肩の力を抜ける場所なのかもしれない。もしそうなら嬉しいと思った。

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