第2話:本音のぶつけ方

「じゃあ、この大道具は男子中心で担当ってことで――」


「衣装係は、希望がなければ前回と同じ人で――」


放課後の文化祭会議。黒板には蓮が作った分担表が整然と並び、クラスメイトたちはそれに静かに従っている。


一見、スムーズだった。誰も反対はしない。割り振られた役割を受け入れ、淡々と進んでいく。


だが、その静けさが、どこか冷たい。


蓮の目には、皆の顔に貼りついた作り笑いが映っていた。「文句を言わないようにしてる」笑顔。その空気に気づきながらも、蓮はそれを正す術を持っていなかった。


そのときだった。


「……ねえ、さ」


教室の隅から、ぽつりとした声が響いた。視線が一斉に集まる。


それは、葵だった。椅子に斜めに座り、机に頬杖をついたまま、けだるげに言う。


「こんなに気を使い合って、何が面白いの?」


静まり返った教室に、さらなる言葉が落ちた。


「やりたくないなら、やりたくないって言えば? “仕方ないからやる”って空気、見てるだけで息が詰まるんだけど」


ざわり、と空気が揺れる。


「……そんな言い方、なくない?」


「別にやりたくないってわけじゃ――」


「じゃあ何?本気で楽しみにしてる人の顔、ひとりでも見えた?」


誰も、返せなかった。


葵は立ち上がり、教室の中央にゆっくりと歩いていく。蓮の隣で立ち止まり、黒板に貼られた進行表を見つめた。


「これ、完璧だね。誰も損しないし、不公平もない。でも、誰もワクワクしてない」


しん、と静まる教室。


「いい人でいることに必死で、自分が何したいかも忘れてる。そんなの、ただの演技だよ」


蓮は思わず声を出した。


「待って。葵、それは――」


「間違ってる?」


「……間違ってるとは言わない。でも、そんな強引なやり方、誰かを傷つけるかもしれない」


葵はゆっくりと蓮の方を向く。その目は、まっすぐだった。


「“誰かを傷つけないように”って考えてたら、永遠に本当のことなんて言えないよ」


静かな声だった。でも、芯がある。蓮の胸の奥を、まっすぐに突いた。


「“やりたいこと”って、言わないと伝わらない。伝わらなければ、存在しないのと同じ。だったら、少しくらいぶつかってでも言うべきだと思う」


蓮は何も言い返せなかった。


「ねえ、蓮。大事なのって、“何をしたか”より、“なぜそうしたか”じゃない?」


カントの言葉を、まるで葵が知っているかのように、自然に語る。


「結果が同じでも、“気を使ったからやった”のと、“好きだからやった”のとでは、意味がまるで違う」


「でも…」蓮は視線を落とした。「僕には、その“本当の理由”が、まだわからない」


「それでいいじゃん。わからないってことに、ちゃんと向き合ってるってことなんだから」


葵の声は優しかった。いつもの強さはそのままに、どこかあたたかさを帯びていた。


***


その後、少しずつ、クラスの空気が変わっていった。


「やっぱ演劇より、映像とか面白そうじゃね?」

「小道具作るの得意だから、こっちやってみたいかも」

「私、衣装案ひとつだけ出してみたい!」


控えめに。でも確かに、「やってみたい」が出始めた。


蓮はそれを、黙って見つめていた。


葵のやり方は、間違っているようで、どこかまっすぐだった。言い方は強引でも、その根底にあるものは、蓮がまだ持てない“本音”だった。


放課後、片付けをしていた蓮に、葵が声をかけてきた。


「……ちょっとはマシな空気になったでしょ?」


「……うん。でも、ちょっとドキドキした」


「そりゃそうだよ。本音って、ちょっと怖いもん」


葵はそう言って笑った。


その笑顔を見て、蓮の胸の奥にまたひとつ、小さな“ざわめき”が生まれた。

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