脳梗塞
「よっこらしょっと…」
ふかふかのベッドから起き上がり、錆びついた関節を動かして部屋の外へ出る。ここの世界にいると、疲労を感じなくなったのはいい事なのだが、身体年齢に抗う事は出来ないらしく、体を動かすだけでポキポキギシギシと骨に響く音が出るのは変わっていない。変わったことと言えば、前よりもよく寝ることが出来るようになったことだろうか。早寝早起きが染みついていたころはそれはそれで気持ちが良いものだったが、しっかりと睡眠をとることで、日中の活動がはかどる。まぁ…その分体がきしむけど。
「おはようございます」
「おはようございます中辻さん、さっそくで申し訳ないのですが、少し手伝って頂いてもよろしいですか…?」
「えぇもちろん。何しましょうか?」
「あちらにいる女性の方に、お仕事の説明をお願いしてもよろしいですか?見学は別の方に頼みますので、それが終わったら1番窓口の方にもお願いしたいです」
「分かりました、お任せください」
幽便局の中はかなり混雑していた。それほど広くはないものの、ほとんどの椅子が埋まっている。この人数を田所さん一人でまかなうのは骨が折れるだろう。彼にはたくさんよくして頂いてますから、出来ることは何でもする。渡された書類を持って、入り口の隅に座っている女性に声をかけた。
「こんにちは、荒津唯子さんですね?」
「えっ?あ、はいそうです…ここどこですか、?起きて外に出たら知らない場所だし、私、何が何だか…」
「驚かれるのも無理ありません。私も最初はびっくりしたものです。ここは“ゆうびんきょく”なんですよ」
「郵便局…?なんでそんなところに私が…」
「郵便局と言いましても、漢字はこう書きます」
書類を彼女の方へ向けると、一瞬険しい顔をしたかと思えば意外にも冷静に返された。
「…私死んだ?」
「いえいえ、まだ生きています。荒津さん、昨日の夜に事件に巻き込まれたの、覚えてらっしゃいますか?」
「事件…?ぁ、思い出した…!私ショッピングモールに居たんだ、」
まだ混乱しているのか、独り言のようにぶつぶつと話している。
「そのようですね。荒津惟子さん26歳、昨日の20時半ごろにショッピングモールでの無差別殺傷事件に巻き込まれ複数の刺し傷を負い、意識不明。今に至ります」
「…意識、ありますよ」
「あなたは今、病院の集中治療室で治療を受けています。ここは”意識と死の狭間”の世界なのです」
「…ちょっと意味が、」
「ご説明いたします」
この説明も慣れたものだ。2カ月近くここにいて、私は配達よりこういった仕事を多く引き受けている。若いころバリバリに営業マンをしていたおかげなのか、説明をする事にはそれなりの自身がある。私の話し方を見てなのか、田所さんは窓口の業務が忙しいと、私を指名してくれるようになった。老いても誰かに必要とされるとは、嬉しい事だ。
「では後ほど別の職員が見学に連れて行ってくれると思いますので、もう少々お待ちください」
「はい…ご親切に、ありがとうございます」
「とんでもございません」
荒津さんは幾分か落ち着きを取り戻したようで、わずかに表情を緩めてくれた。感謝されるとこは、やはり心地いい。
「こんにちは、木田正文さんですね?」
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