ギギッと音の鳴る扉を押し開けると、目覚めた時のような強い光を浴びた。でも不思議と不快な感じはしなくて、すがすがしい気分になる。安原さんとともに扉の奥に進むと、驚きの光景が目に飛び込んできた。

「…えっ、え!?俺、意識戻ったの…?」

 白い光が吹き飛んだかと思えば、そこは場所こそ知らないがよく知った風景だった。足元はアスファルト、斜め上には読むことが出来る漢字で書かれた道路標識や看板。日本製の車に大きなマンション。それに…

「人が居る、」

 普通に人が歩いている。それなりに都会なのか、スーツを着たサラリーマンやオフィスレディ、犬の散歩をしている老夫婦などもいる。ここは完全に、俺の知っている日本の土地だ…どこか分からないけど…

「残念ながら平野君の意識は全く戻ってねぇよ~?まぁ俺もなんだけど」

「…ですよね」

 そんなにうまく事が進むわけないもんな。半分期待はしていなかったけれど、かなりショック…

「でもここ、本物の日本ですよね?現実世界ですよね?」

「せーかい正解。ここは”意識と死の狭間”の世界でも死の世界でもない、正真正銘現実世界の日本」

「やっぱり…でも、どうして俺達現実世界に来られてるんですか?」

「そりゃあ仕事するためじゃん!でも、俺たちは”意識と死の狭間”の空間から来た者だろ?だからこんな感じに…」

「危ない…!!」

 いきなり何をしだすのかと思えば、走ってきたトラックめがけて真正面から突っ込んでいった…。いやいや何してんの!?

「…え、」

「正面衝突するかと思ったか?言ったっしょ、現実世界に来てはいるものの俺たちは”意識と死の狭間”から来た。実体がある訳ねぇの」

 突進していったトラックは安原さんの身体をすり抜け、何事もなかったかのようにそのまま道路を走行していった。…それもそうか。生身でこの世界に戻ってこれるなら、とっくのとうに意識も戻ってるだろうし…

「俺たちは所謂『幽霊』って部類…いや、どっちかって言うと生霊みたいなもんなんじゃねぇ?そんな恐ろしいものでもねぇけど、まっ、そんなところよ」

「は、はぁ…」

 俺たちは生霊なんて言われてすんなりと受け入れられるほど物分かりが良いわけじゃない…まぁでも、”幽便局”っていう訳だから、やっぱり『幽霊』の仲間なのだろうか…


「時間もねぇし、さっそく始めんぞ~。とりあえず、俺がする仕事を見ててくれ」

「分かりました」

 そう言うと安原さんは資料を見ながら道を歩き、一つのマンションへと入っていった。配達をするうえで、この『幽霊』という立場は何とも効率がいい。現実世界なら、オートロックやインターフォンというセキュリティを乗り越えないと配達先までたどり着けないが、俺たちはそんなこと関係なくどんどん壁を通り抜けることが出来る。ただ、浮遊することはできないようで、上階に行くには階段を使わないといけないらしい。疲れないから良いものの、エレベーターってとても便利なものだったんだと実感させられる。実体のないという事は、ものに触れることもできないわけで…エレベーターに乗ったとしてもボタンを押すことはできないという事か。

「…あ、ここだ」

 配達先の部屋を見つけたようで、安原さんはお邪魔しますとひと声かけると躊躇なく入っていった。現実世界の人に俺たちの姿は見えている訳ではないので、特に問題はないのだけれども…なんだか泥棒に入っているような気分になってしまう。

「いたいた、この人に届け物があったんだよ。写真の人に間違いないな?」

「えっと…はい、あってると思います」


 佐久間志保  36歳  女性


 書類に添付されていた写真と室内にいる人物とを見比べるが…机に突っ伏して寝てしまっているため、少し分かりづらい。そして、写真を撮って頃よりかかなり痩せているし少しやつれた印象がある。でも顔のパーツそれぞれの特徴は一致しているので、この人に間違いはないだろう。

「よしじゃあその資料もらうぞ~」

 封筒の中から1枚の葉書を取り出し、寝ている彼女の頭の上に置いた。何をするんだ…?



「難ある日々、ご苦労様です。

どうかあなたに、幸運が訪れますように。

私の時間に代えて、あなたに幸あれ。」

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