第20話 【ギルアンティア其の二】
【ギルアンティア其の二】
ユウマがケーキを食べ終え、紅茶を最後の一滴まで飲み干した頃――
再びドアがノックされ、静かに開いた。
「すみません、お待たせしました」
現れたのは、髪をゆるく束ねたククルだった。濡れた髪先がまだわずかに光っていて、ほんのりとした湯気とともに、花のような香りがふわりと部屋に広がる。
先ほどの鎧姿から一変し、今は淡い色のブラウスに落ち着いたスカートというカジュアルな服装。それでも、どこか気品がにじみ出ている。
「ユウマの泊まっていただくお部屋の準備ができました。こちらへどうぞ」
そう言って、ククルは微笑みながら手招きした。
二人で屋敷を出ると、すぐ隣に建つ二階建ての離れへと案内される。昼下がりの風が肌をなでる中、小道を歩いていく。建物は本館よりやや控えめな造りだが、石造りの外壁にはつる草がからみ、洒落たアーチの門が訪問者を迎える。
「ここがゲストハウスです。主に、王都からの賓客や遠方の友人が泊まる場所なんですよ」
中に入ると、シンプルながらも上質な内装が目を引いた。温かみのある木の家具に、肌ざわりの良さそうな絨毯。
一階は応接と浴室、そして小さな書斎が備えられており、階段を上がった先が寝室になっていた。
ククルはその寝室まで案内すると、ふわりと振り返って言った。
「これから私は陛下に報告へ向かいます。お風呂はすでに沸かしてありますので、ゆっくりくつろいでいてくださいね」
「あ、ありがとう」
「それと、今夜の夕食には父と母も同席しますので、ユウマのことをご紹介します」
「えっ……お父さんって、将軍……だよね?」
ククルはくすりと笑ったが、ユウマの背にはじわりと冷や汗が滲む。
ふと視線をベッドに移すと、清潔にたたまれた衣服が置かれていた。上質なシャツに、ゆったりとしたズボン。動きやすさと格式を兼ね備えたデザインだ。
「ユウマの着替えも用意してもらいました。サイズは、たぶん合っていると思います」
ククルがそう言ったその時――
「当然でございます」
低く落ち着いた声が部屋に響いた。驚いて振り向くと、いつの間にか部屋のドアの前にキャスリーが立っていた。
その眼鏡が、きらりと一閃する。
そして呪文のような口調で、流れるように語り出す。
「ユウマ・キリハラ様:
年齢、十七歳。
身長、百七十二センチメートル。
体重、六十二キログラム。
胸囲、九十一センチ。
ウエスト、七十一センチ。
ヒップ、八十八センチ。
股下、八十センチ――でございます」
まるで読み上げるかのように、淡々と数値が告げられていく。
「……え、まって、なんでそんなに正確に!?」 ユウマは思わず声を上げる。自分でも把握していなかった情報に、たじろぐしかなかった。
「メイドたる者、この程度のことはできて当然です」
キャスリーの眼鏡が鋭く光を反射する。
彼女は〈全視眼〉のことを思い浮かべていた――見たものの情報を数値化する、自身が誇るスキルのひとつだ。
だが最初にユウマ・キリハラを視たとき、そこに表示された年齢は“二十六歳”。ところが、それはすぐに“十七歳”へと書き換わった。
――こんなことは、これまで一度もなかった。
「では、わたくしはこれで失礼いたします。お脱ぎになられた服は、かごに入れておいてくださいませ」
キャスリーは音もなく、まるで気配そのものを断つようにして部屋を後にした。
「それでは、わたしもこれから城へ向かいますね」ククルもまた、穏やかな声でそう言い残し、静かに部屋を出ていった。
ユウマは一人残された部屋で、ぽつりとつぶやく。
「……なんか、色々とすごい世界だな……」
思わず肩の力が抜けた。
ユウマは着替えを手に取り、風呂場へと向かった。
◆ ◇ ◆
ひと風呂浴びてさっぱりしたユウマは、寝室にある本棚の前に立っていた。豪華な装丁の本が整然と並び、その中からいくつかを手に取ってページをめくっていく。
「……これは歴史の本か。異種族についても書かれてるかな?」
興味をひかれて読み進めるが、内容の大半はヒューマンに関する歴史であり、バルグ(獣人族)についてもほんのわずかに触れられている程度だった。
エルフ、ノーム、ドワーフについては、自分がもともと知っていた以上のことは記されていない。
しばらくのあいだ、ベッドに腰を下ろしながら何冊かの本をざっと読み比べていたユウマは、ふと妙な感覚に気づく。
視線を感じたのだ。
気のせいかと思い、ドアの方に目を向けると、わずかに隙間が開いていた。
再び本に視線を戻した瞬間――また、視線の気配があった。
今度はすばやくドアの方へ顔を向ける。隙間の奥には、縦に並んだ二つの眼がこちらをじっと見ていた。目が合ったその瞬間、眼はすっと消えた。
「……あの、入ってもらって大丈夫ですよ?」
ユウマがやや戸惑いながら声をかけると、わずかな間のあと、ドアが勢いよく開いた。
バンッ!
音を立てて扉が開き、二人の人物が堂々と入ってくる。
ひとりは、金髪をなびかせたすらりとした青年だった。
整った顔立ちと気品ある服装から、年齢は二十代前半ほどに見える。
もうひとりは、小学生くらいの年齢に見える少女で、艶やかな紫の髪を揺らしながら、王族を思わせる上質なドレスを身にまとっていた。
「君がキリハラ君かい? 妹がたいそう世話になったらしいね」
青年がにこやかに歩み寄ってくる。
「あ、えっと……」
ユウマが言葉に詰まると、青年は軽く胸に手を当てて礼儀正しく名乗った。
「失礼、私はリード・ギルアンティア。ニオ・ギルアンティア家の長男だ。そして――」
「あたくしはガーランズ国王の娘――エリッタ・ケイト・ギルアンティア王女なのだ!」
少女が胸を張って決めポーズを取りながら、誇らしげに名乗りを上げる。
ククルのお兄さん、そして……王女!?
高貴すぎる来客に、ユウマの思考は一瞬止まった。
こんな時、どう振る舞えばいいのか。ひざまずくべきなのか――その答えが出せずにオロオロしていると、エリッタ王女が手をひらひらと振って言う。
「ああ、よいよい。そのままで構わんぞ。今日は、こーむで来ているわけではないのだ」
どうやら、公式な訪問ではなく、私的なものらしい。
「『辺境の地・ニホン』から来たって聞いてたから、どんな奴かと思ってたが――特徴的だがなかなかのイケメンじゃないか! まあ、この私ほどではないがな! ハハッ!」
「そうですわ。『へんきょーのち』にしては、なかなかの顔立ちなのですわ!
……まあ、リード様の足元にも及びませんですけども!」
二人が揃って顔をぎゅっと近づけ、ユウマの両脇から覗き込んでくる。
パーソナルスペースという概念は、この世界では相当にゆるいらしい――そう実感しながら、ユウマは二人の顔を交互に見て、思わず肩をすくめた。
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