第28話 「下」


【大毅side】


「ゆっきー!あのさ……」


 五限後の休憩時間になった途端に聞こえてきた声のほうを見ると、暗めの赤に染めた髪のクラスメイトが目に入る。そいつに話しかけられている気弱そうな顔も必然的に映った。

 ついでにあいつの隣の齋藤衣乃が、じっと二人を睨むように見ているのも。


 行人が横川と一緒にいるのを見るの、今日だけで何度目だ?


「なんか珍しいね、横川くんと吉崎くんが一緒にいるの」

「見た目も雰囲気も全っ然ちがうもんね〜。でも普通に話してるし」

「いつ仲良くなったんだろ?」

「ねー」


 近くの女子がヒソヒソと話す声にこっそり耳を傾ける中、自分の中でパチパチと火が爆ぜるような苛立ちを覚える。

 熱くなっていく脳内で、わずかだが冷静でいる自分が納得していた。

 先週の行人からの電話はそういうことだったのかと。


 行人も事情を知っているというのが勝手な思い込みだとわかったあと、横川から唯花とのことについて話があったのだろう。すぎるくらい寛容な心をお持ちのオレの幼なじみは横川バカを許し、横川のためにオレと唯花がどこまでいっているのかを掴もうとしたのだ。


 本っ当、相変わらず反吐が出るほどのお人好しっぷりだ。


 爪先を机に打ちつける回数が増えるにつれ、トン、トン、トン、と音を刻むペースも速くなっていく。

 グループから、幼なじみオレから離れて寂しくなったから電話をかけてきたと思っていた。長年のよしみでまたこっちに戻れるようにしてもいいと考えていたのに。


「……だる」


 ボソッとした低い呟きがこぼれる。


 いつもそうだ。

 行人は気持ち悪いくらい優しい。美点と言えば美点だ。

 だけどあいつが見せる温かい部分が、オレにはひどく癪に触った。



 物心つく前から容姿、頭脳、運動神経の三拍子がバランス良く揃っていたオレは、周りに注目されてきた。中学時代も常に人に囲まれ、バレンタインには毎年チョコをもらうくらいにはモテた。

 芹夏も同じくらい人気だったが、あいつの場合は主に見た目で人が寄ってくる感じだった。中学に上がる前から発育よかったしな。


 そんなオレたちに反してもうひとりの幼なじみはと言うと、今よりもずっと気弱そうな顔で目立った特徴もない、ただただ地味な存在。教室の隅で本を読んでいるほうが似合うような、オレと芹夏のそばにいなければ誰にも認識してもらえないような可哀想な奴だった。

 あいつ自身もオレと芹夏のおかげでそれなりに人と関われることができていると思っていて、輪に入れてくれてありがとうなんて笑って言ってたっけな。


 たしかに行人はコミュニケーション能力は低い。けれど一度話せば普通に会話はできるし、あの性格だから悪くは思われない。話しやすい雰囲気もあるのか、オレと仲が良いクラスメイトから悩みごとを聞いたりもしていた。芹夏もあいつには何かしら相談しに行ってたみたいだし。

 コミュ力が低いという自覚が強いだけで自然に人間関係を築けていることに、行人本人も気づいていないことをオレは薄々感じていた。それを言わなかったのは、オレや芹夏がいなくても大丈夫だと行人が気づいてしまうのは面白くないと思ったから。


 あいつは幼なじみのオレたちがいないと駄目。そう刷り込んで離れてしまわないようにしないと。

 幼なじみがいなければまともに人間関係も築けない、そんな情けない人間である自覚を持たせ離れたくても離れられないようにする。


 何にしても劣っている行人、その横にいるのは何にしても秀でたものを多く持つオレ。 

 周囲は自然と行人とオレを比較し、オレを褒めそやす形になる。幼なじみという対等な関係にありながら圧倒的な差があることに気づき、オレの評価は上がり行人を見る目は減っていく。

 自分こそなるべくして上になった人間なのだと確信できる瞬間。

 そのたびに身体中が痺れるほど酔いしれた。


 オレと行人の関係は上と下でなければならない。

 使命感にも近い思いは、ある出来事でさらに強くなった。


「大友くん、吉崎くんと幼なじみなんだよね?ならその、吉崎くんにさ……好きな子いないか聞いてみてくれない?」


 頬を赤く染めて視線を彷徨わせるそいつは中一のときのクラスメイトで、学年の中でも人気上位に食い込むくらい可愛い女子だった。当然彼女とはとっくに交友関係を持っており、女友達の中でも特に親しくしていた。

 今まで見たことのないくらい頬を緩ませて、彼女はこうも言ったのだ。


「吉崎くんね、小さい悩みでもちゃんと聞いてくれるの。一緒にいてすごい気が楽になるっていうか……それで、なんか良いなーって」


 信じられなかった。

 男子の中でも彼女と一番近い距離にいて男女問わず人気のオレではなく、その横にいるパッとしない行人が選ばれるということが。

 ずっとオレより下だった奴が、初めてオレより上になったことが。


 ……––––ふざけんな。

 ふざけんな、ふざけんなふざけんなふざけんな‼︎


 爆発寸前の感情を抱え必死に笑みを取り繕いながら、その女子に行人のイメージを下げることを吹き込みオレを見るよう仕向けた。彼女がオレを意識するようになるのにあまり時間はかからなかった。

 のちに彼女から告白されたが、一度でも行人を選んだような奴の好意を受け取るわけがない。


 あの日から行人への扱いは一段と変わった。幼なじみとしての親しみなんてものはどこかへ行き、ときには下僕のように、ときにはストレス発散の道具としてあいつに接し続けた。

 意図せず芹夏もオレに便乗して行人をからかい始めたのは好都合だった。オレに好かれようと頑張って合わせているようなところもあったが、おかげで行人は自分に優れたところをひとつも見出せなくなった。


 あいつはオレの下そうでなきゃいけない。

 なのに今度は齋藤衣乃とも仲良くなって、他の奴とも交友関係を築けている。

 腹立たしくてしょうがなかった。



 六限の授業中、スマホをマナーモードにしてこっそりSNSを漁っていると、画面上にメッセージの通知が表示された。

 送り主は「Yui」……唯花だった。


〈今日の放課後、デートしたいな〉


 その次に上目遣いのウサギのスタンプも送られてくる。

 二人でカラオケに行って以来、唯花はすっかりオレに夢中だ。横川と別れてからは文面からも積極性が滲み出てきた。


〈オレもそう思ってた。どこ行く?〉


 ほとんど付き合ってるようなやり取り。

 始まりが浮気とはとても思えないくらい甘さに満ちたトーク画面を見て、自分の心が満たされていくのを感じる。

 唯花とのやり取りを終えトーク欄に戻ると、二桁に達したメッセージ件数が表示されたままのアカウントが目に入った


 ……そろそろ潮時か。

 




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