第13話 灯籠職人も腹が減る

「俺の知り合いにも、ちょっくら届けてやってくんねぇか」

 デリバリーでお世話になったお礼と、イザナミからのお金を船頭に渡すため、太郎は三途の川のほとりに来ていた。

「届けるって、料理をですか?」

「お前が届けられるのは、それぐらいしかねぇだろうが」

「……確かに」

 太郎は、褒められているのかけなされているのかわからず、微妙な顔で頷いた。


 事情をイザナミに説明して、料理の材料や道具を詰め込んだ袋を担いで出直す。

「すまねぇな。お礼にタダで乗せてやるよ」

「いや、依頼してきたのは船頭さんですから」

「ちょっくら上流に行くぞ。早く乗れ」

 こんな金にがめつい男の知り合いとやらは、どんな人なんだろうか。太郎もいくらか興味が湧いてきた。

 不安定な小さな船に、慎重に足を踏み入れる。

 白く濁った川の流れに乗るのは早かったが、太郎はまた転覆するのではないかという恐怖で、船の縁をしっかり握る。


「どういう知り合いなんですか?」

 太郎の疑問に、船頭はしばらく考えてから口を開いた。

「どういうっていうか、昔から知ってるっていうだけだよ」

「黄泉の国に昔からいらっしゃるんですか」

「そうだなぁ。多分、そういうことなんだろうなぁ」

 いつもハキハキくだらない嘘を吐く船頭らしからぬ、語尾の甘さだった。

「……本当に知り合いなんですか?」

「おっ、なんだよ、疑ってんのか」

 急に喧嘩腰の口調になって、太郎は慌てて口を閉じた。


 川を流れる朽葉のように、のんびりとした速度で船は進む。

 イザナミ食堂から少し上流の、川辺のほど近く、小さな小屋が見えた。食堂よりは小さめだが、見るからに古めかしい色をしていた。壁の表面には蔓草が何本か這っており、屋根にも背の低い雑草が生えている。

 太郎と船頭は船から下りると、船を河川敷に引っ張り上げた。

「おう。居るか?」

 戸などない、開けっぱなしの間口に船頭が立って、中を確認することなく大声を出した。

 太郎も船頭に隠れながらこっそり顔を覗かせた。小屋の中は1つの部屋しかなく、囲炉裏のようなものを取り囲むように、木と紙でできた灯籠がずらりと並んでいる。その片隅で、黒い人影がもぞりと動いた。

「いつも、うるっせぇなぁ」

「元気そうだな、灯籠職人」

「ワシが元気じゃなきゃ、灯籠が流れなくなるだろうが」


 短髪で骨と皮ばかりの身体の小さな船頭に比べると、がっちりした体躯の人間がのっそりと立ち上がった。

「そこに居るのが、新しい守護者か」

 糸のように細い目が、太郎を見つけた。

「は、はいっ。よろしくお願いします」

 緊張のあまり声が裏返る太郎に、その人間は大きく頷いた。

「お前の料理が美味しいと、魂の噂話で聞いて、ちょっと食べてみたいと思ったんだ」

 戸口に近づいてきたその人が、ようやくぼんやり見えてくる。

 長い髪を後に1つでくくっている。イザナミは船頭と同じく着物を身につけており、丸っこい顔に丸っこい鼻、そして細い目。

「女の人……ですか」

「もう性別なんて忘れちまったよ。ここに居るのが長すぎて」

 灯籠職人は、にんまり笑って草履をひっかけた。

「外で食べたいんだが、いいか?」

「はい、大丈夫ですよ」

 太郎は背に担いでいた荷物を、持ち直す。

「だって、お前さんの得意料理は爆発なんだろ?」

「ちげぇねぇ」

 灯籠職人と船頭が、さも当然という風に会話しているのを聞いて、太郎はこっそり肩を落とした。


 さて、と太郎は持ってきた食材を確かめる。記憶の霧と未練の根、影の果実、川の涙。

「あれ? 魂の灯火を入れ忘れてきちゃった」

「おめぇ、また慣れた油断か」

 船頭の言葉がチクッと胸に刺さる。三途の川のデリバリーをした時に、無事に仕事が終わった油断で、船をひっくり返したことを思い出した。

「ご、ごめんなさい。でも、持ってきたもので、ちゃんと作りますから」

 鍋の中に、影の果実をごろりと投入した。スプーンでかき混ぜ、溶けてきたところで、川の涙を少し加える。


「何を忘れたんだ?」

 灯籠職人は、鍋の中を見つめながら聞いてきた。

「魂の灯火です」

「ああ、それなら忘れてきて正解だったよ」

「正解?」

 オウム返しをしながら、太郎は眉を寄せた。

「あいつら、うちの灯籠の材料を燃やしちまうからね」

 太郎は、灯籠職人の話を聞いて、ほっとしたように太い息を吐き出した。


「灯籠ってのは、紙と竹でできてるのさ」

 小屋の中に重なるように並んでいたのを、太郎は思い出した。

「これまで長い間灯籠を作ってきたよ。どれぐらい長いのかもわからないぐらい。作っている間は灯籠のことしか考えてなかったんだけど、最近魂たちが騒がしくてね」

 川の側に腰を下ろしていた灯籠職人は、手近にあった小石をぽんと川に放り込んだ。

「魂の宴が楽しかったってね」

 太郎は、しばらく我慢したが、どうにも止められずに顔をにやつかせた。

「あんたも食べたか?」

 灯籠職人に話を振られた船頭は「食べた、食べた」と返事をした。


「お口に合うかどうかわかりませんが」

 出来上がったスープを、鍋のまま手渡した。

「ふぅん、これが……えっと、何の料理だ?」

「名前ですか」

 うーん、と太郎は腕組みをした。

 灯籠職人の魂の声を表すなら、どんな料理名にすればいいだろうか。

「孤独のスープ、なんてどうでしょう」


 灯籠は、黄泉の国には必要なものだ。

 魂が迷わず次に旅立つための道しるべである。そして、魂を供養し解放する重要な道具だ。

 性別も時も忘れてしまうぐらい、長い間1人で灯籠を作ってきた彼女の魂は、孤独だったのではないかと太郎は思った。

 けれど、その孤独は寂しいものではない。とても純粋で崇高な孤独。灯籠職人の目の奥に、そんなことを感じ取ったのだった。


「うん……なんだかほっとするね」

 丸い体を左右に揺らして、灯籠職人はスープを飲み干した。

「ああ、うまい。久しぶりに食べたよ」

「お店まで近いんで、時々は来てくださいよ」

「そうだね。灯籠ばっかり作ってると、身体がなまっちまうからね」

 けっ、と小さく呻いた船頭に、太郎が顔を向けると「俺は忙しいんだから、歩いていけよ」と、唇を尖らせて言った。

「誰があんたの船なんか使うか」

「なんだとぉ。折角太郎を連れてきてやったのに」

 昔馴染みの気安さで、すぐに喧嘩腰になる2人の間で、太郎は身体を縮こめた。

「仲がいいんだか……悪いんだか……」

 とほほ、と続いた太郎に、灯籠職人と船頭が食いつくように吠えた。

「悪いんだよ!」


 食事の後片付けをしていた太郎に、灯籠職人が近づいてきた。

「これは料理のお礼だ」

 見ると、細かな細工が散りばめられている灯籠だった。

「凄いですね、これ。全部、竹と紙なんですか?」

 持ってみるととても軽い。竹で細工された枠はただの長方形ではなく、四隅に龍が絡まっている。紙も厚みが違うものを組み合わせ、透かして見ると模様が浮き上がってくる。

「流してしまうのが勿体ないな」

「いや、灯籠は流さなければ意味がない」

 太郎は灯籠に祈りを込め、川に送った。

 生きている時の記憶は無くなっているはずなのに、なぜか懐かしい気持ちになっていた。

 川にぽかりと浮かぶ灯籠の揺れる光は、はかなさと永遠性を同時に感じさせるからだろうか。


「灯籠はこのままどこに行くんでしょうね」

 太郎の問いに、灯籠職人が答えた。

「生きている者と、死者の絆を、次の世界へ導いてくれるところさ」

 そう願いながら作っているのだと、誓う声が耳に響いた。

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