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体育館の中はまだ新入生がいないので、いつもの集会より密度は低い。

また同じクラスになった子達が声を掛けてくれるが、ほとんど代わり映えはないようだ。特に問題もなく1年過ごせたクラスだったので良かったと思う。


「ねぇ、あれ誰? あんな男子ひと見かけたことがないよね?」


周りの女子たちがざわついている。

釣られるように視線を向けると、大きな体が確認できた。あのよく焼けた肌の色には見覚えがある。


「……」


見間違いかな?

8組の列に並んでいる気がするんだけど……


先頭にその姿はあった。

この短時間でお喋りの相手を見つけたらしい崇裕は周囲に溶け込んでいた。クラスの中心的なグループの男子たちと話が盛り上がっているようで、大きく口を開けて笑っている。


その様子を見た女子たちが色めき立つ。


「いかにもスポーツマンって感じでカッコ良くない?」

「顔も結構整ってるよね!」

「今年も8組になれてラッキーかも!」

「誰か名前聞いてきて〜」


が崇裕でなければ、確かにカッコイイと言われる部類なんだと思う。でも、中身は意地悪なあの崇裕だから周りの意見に眉をひそめたくなる。あれはそんなに良いものじゃないと思う……。 


極力関わりたくないと思っていたのに、同じクラスだなんて最悪だ。

大貫崇裕と小川紅葉なら前後の可能性もある。日直や授業でのグループ活動で協力し合うことになったら、昔みたいなことになりそう……。

何が気に入らないのか、あいつはすぐにちょっかいをかけてくるのだ。


――昔は隼人や美桜が一緒にいてくれたけど。


クラスが違う今はそんなこと叶わない。

支障が出てくるから無視も出来ないし、1年間イライラと耐える必要があるという訳だ。


少しでも隼人と関わり続けられるなら、その姿が見れるならと進学した高校だけど、校舎も違うからそれは殆ど期待出来なくて。偶然を装って会いに行くことしか出来ない私と違って、美桜は当たり前のように会える。

彼女となった今ではいつでも連絡を取り合うことも不自然じゃない。この先待っている行事も活動も2人は一緒なんだと思うと、天と地の差を感じてしまう。


これまでの彼女なら、どうせ長く続かないからと思っていられたのに、相手が美桜になったらこんなにもグチャグチャと気持ちが掻き乱されるのは何だろう。


美桜は何も悪くないし、むしろ女癖が悪いと言われる隼人には勿体無いと言われるくらいの子だ。


そんなことを考えながら足もとの学年カラーの青いラインが入った上履きを見つめていたら、周りの女子たちがきゃあきゃあと騒ぎ始めた。


「こっち来るよ?」

「え? なんで?」


そんな声が耳に入って来たかと思えば、視界の端に大きな上履きが見えた。


「紅葉」


声変わりしてからその声を聞いたのは引っ越しのバイトの時だけ。でも、顔を見なくても誰かなんて直ぐに分かった。


ゆっくりと顔を上げると、眉根を寄せた崇裕が「大丈夫か?」と聞いてきた。


「……え? 何が?」

「顔色が悪そうだったから。貧血とかなら保健室に行って休んだほうがいいんじゃないか?」

「……」


この男はまさか心配して様子を見に来たというのだろうか?

あの崇裕が?


「情けねぇー」「弱っちぃ」なんて悪態をつく姿なら直ぐに思い出せるのに、こんな反応をされるのは珍しい。驚きで絶句していたら、「俺で良ければ付いて行くけど」とまで言い出した。


え? これ誰?

崇裕の顔をした別の何か?

不気味なんだけど!


「だ…いじょうぶ……。ちょっと考え事をしていただけだから」

「そうか? 無理するなよ」


辛くなったら直ぐに言えよ、なんて言って隣に並んでいるのは何故?


あと、女子たちの視線が痛いことに気付いてしまった。好奇の目にさらされてるじゃん……。






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