春休みに入ると2人に会わないように徹底的に避けた。新しいスマホが欲しいからと理由付けてバイトを始めたけど、引っ越し業者を選んだので繁忙期と重なったそれは本当に忙しかった。毎日くたくたになって寝てしまうので余計なことを考えずに済んだし、疲労感が伝わっているようで美桜からの連絡もいつもより少なかった。


美桜と隼人はほぼ毎日会っているようだった。

やはりあの2人は喧嘩などせず、穏やかに過ごしているようだ。

見てもいない光景が夢に出てきて、泣きながら起きるのは珍しくなかった。



「あっ」


家に何の食べ物もなくて、億劫になりながら出かけたコンビニに隼人の姿を見つけてしまった。向こうはまだこちらに気付いていない。


商品棚の影から様子を窺うと、アイスクリームに悩んでいるようだった。

1週間ぶりくらいだと思うけど、こうして隼人の姿を見るだけで気持ちは弾む。あの横顔をずっと見ていたくなる。


声も聞きたいな。


自然と浮かぶ欲望をどうしようか。

今は隼人の口から“美桜”の名前を聞きたくない。


やっぱりやめようと踵を返そうとしたら、どんっと体に軽く衝撃が走った。振り向くと小さな子どもが私の足に抱きつき、呆然としていた。


「ごめんなさい、この子ったら相手をちゃんと見ずに抱きついたみたいで」


男の子のお母さんが慌てた様子で駆けてくる。

ああ、お母さんと間違えたのか。

見ず知らずの人間に抱きついてショックを受けたらしい。男の子が「わーっ!!!」とお母さんの胸へと泣きながら飛び込んだ。


「大丈夫ですよ」


子どもあるあるだなぁと微笑ましくなったけど、今はまずかった。

背後から「紅葉」と声が掛かる。隼人が気付かないはずが無かった。


「偶然だね。アイス買いに来たの?」


動揺する気持ちを悟られないようにしながら話し掛ける。


「墓参りで祖父母たちが来ていて、従兄弟が風呂上がりにアイスが食べたいって言うから親父に買ってこいと言われた。でも、小学生や祖母ばあちゃんの好みなんて分からなくて。紅葉が選んでくれない?」

「そんなの私も分からないよ?」

「適当にいくつか多めに選んでくれたらいいから。余っても従兄弟が食べる」


ソーダ味の氷菓と、抹茶のアイス、SNSで美味しいと評判のマンゴーのアイス、長年ベストセラーの餅のアイスをカゴに入れる。高級アイスの代名詞も入れておこう。


「あとはね……これ」


カップに入ったチョコレートアイスを差し出す。


「隼人はこれが好きだよね? 昔からこればっかり食べてた」

「よく見てるな」


いつも食べてるから真似して私も好きになったアイスだもん。そんなことは口が裂けても言えないけど。


私はレジ横にあったアメリカンドッグと唐揚げを買うことにして店を出ると、先に会計を終わらせていたはずの隼人が外で待っていた。


「どうしたの?」

「送ってく。まだ9時前だけど女子1人は危ないだろう」

「それはどーも」


素っ気なくお礼を言うけど、内心はキャーキャーと大騒ぎである。歩いても10分ほどの距離なのに、まさか心配してくれるとは思わなかった。


静かな夜道を並んで歩く。


「……」


せっかく一緒にいるというのに話題が思い浮かばない。最近はバイトと課題と寝るくらいしかしていないので……。


「今夜はちょっと暖かいね。この間まで昼間は暑くても夜は冷えてたのに」

「そうだな」

「春休み入った途端に急に暑くなったからしんどいよね」

「明後日はまた寒くなりそうだ」

「えー、体が変化についていかないよ」


こんな些細な会話でも、隼人が相手なら嬉しいと心が弾んでいる。

どこからか桜の花びらが舞い落ちてきたけれど、それは隼人に美桜のことを思い出させるから気付かないふりをした。


今だけは、隣にいるのは私だけ。私だけ見つめて歩いていて。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る