クソゲー『ブレイブメーカー』(2/5)

〇ゲーム(ブレイブメーカー)の世界・酒場


石畳の大通りでは、磨き上げた両刃の剣を腰に提げた傭兵が鎖帷子を鳴らしながら進み、その隣を深藍のローブを翻す魔術師が宝石の杖で陽光を反射させている。通りの両脇には色鮮やかな幟がはためく市場が続き、行商人が張り上げる声とコインの触れ合う音が絶えない。名もなき者から勇名を求める者まで、無数の思惑が交錯する中世風ファンタジーの世界……


とある町の酒場で、NPCに命が吹き込まれた。




【ここは剣と魔法の世界。


世界に混沌をもたらそうとする魔王とその配下たちを倒すため、世界を救う「勇者」を育てる……


という3周ぐらい回って新鮮味のあるゲームだ】




酒場の店主としてバーテンダーのような格好をしたイホリ(井堀のアバター)がため息をつく。




井堀(このゲームは……根本的に売れない)






【このゲームが売れない理由は三つ】


【一つ目は「自由すぎる」点だ。ただの自由じゃない「自由すぎる」のだ。




「魔王を倒す」という定番の目的はあれど、それを達成したからといって世界が平和になるわけでもない。また新たな魔王が生まれるだけだ。




そのため正規のエンディングもない。オープンワールドであり、なんでもできるからこそなにをすればいいのか分からないと数少ないユーザーからは不評の嵐だ。】




ゲームの口コミに添付されたスクリーンショット。


プレイヤーが広大すぎるマップに放り込まれ、途方に暮れる様子を描いたゲーム画面や、閑散とした草原で立ち尽くす男の背中。その横を、ただ空虚な風がぴゅー、と吹き抜けている。




【そして二つ目は、「リアルすぎる」点だ。




グラフィックは現実と見違えてしまうほどであり、むしろ現実で見たくないようなものすら強制的に見させられる】




自分を襲ってきた盗賊を返り討ちにする戦士のキャラクターのスクリーンショット。




《スプラッター描写:超リアル》


と表示されたゲーム画面には、斬り倒された盗賊の死体が表示されている。腕の断面は異様に精密で、赤と白の層が美しく並び、腹部からは現実世界で見たこともないようなグロテスクな臓物が体から逃げ出すように飛び出していた。臓器の質感や光沢、滴る体液まで描写が細かすぎる。




【そしてその内容もまた、現実そのものだ。


この世界の子供の大半は「勇者」を育てるための勇者学校に行く。剣術、魔術、学術…多岐にわたる勇者としての素質を高めていくための学校だ。「勇者」は個人を指す呼び名ではなく、いわば職業や称号のようなものである。】




ゲーム画面に広がるのは石造りだがどこか現代的な学園。様々な容姿の人々が行き交う。獣の皮でできたランドセルのようなものを背負う子供、サイズの合わない大きな帽子を目深に被り、体より大きな杖をもつ魔術師の見習い。




石畳の校庭では、生徒たちが木剣を振ったり、魔法で火の玉を飛ばしたりしている。




【そして最大の問題。プレイヤーが育てる勇者は……】




井堀の目の前に、全く覇気のない貧相な青年が映し出される。洗濯をしていないのか、皮でできた鎧は独特な色がつき、画面の向こう側の匂いがダイレクトに感じられそうなほどくたびれている。腰に携えた剣はその鞘のみすぼらしさとは対照的に、刃こぼれ一つしていない。買ったはいいが使われていない参考書に近いものを感じた。




シューロ「はぁ……ボーッとしてるだけで金もらえる仕事ねぇかな…」




到底勇者らしからぬ発言をしながら、カウンターに突っ伏すシューロ。




シューロのキャラステータスが表示される。


《シューロ


職業:勇者(フリーター)


スキル:怠惰、自意識過剰、ネガティブ思考、


注意欠陥、嫉妬、高プライド低自己肯定感》






【このゲームが売れない最大の理由は、この主人公である。クソゲーに相応しい……クソ勇者だ。】




シューロは体勢を変えることすら面倒臭いのか、自堕落にカウンターに突っ伏したまま、店で一番安い酒をちびちびと飲んでいる。




【シューロは勇者中学生の頃から勇者塾に通い、私立の勇者高校を受験するも不合格。


公立の勇者高校へと進学後も文武共に身が入らず、なんとか勇者大学に進学するも勇退学した……


勇者(フリーター)だ】




シューロのこれまでの人生のダイジェストがフラッシュバックされる。


名門とされる私立の勇者高校に合格するため、『合⚔️格』と書かれたハチマキを巻きながらスパルタ塾講師の授業にくらいつこうとする少年時代のシューロ。授業の内容で頭はパンクしたのか、頭上から湯気が出て、口からは泡を吹き白目を剥いている。


志望校に落ち、劣等感によって捻じ曲がった性格で友達の少ない勇者高校時代のシューロ。ろくに勉強もしていないため、本棚の参考書は帯がついたまま埃をかぶっている。


勇者大学では授業にも課外活動にも参加せず、気づけば自主退学を余儀なくされていた。俗に言う『勇退学』である。






イホリ「勇者の活動はいいんですか?クエストならありますよ。魔物退治とか薬草採取とか、変わり種だとすぐそこの陥没道路の修繕とか」




井堀は一番勇者に近づけるNPCとして酒場の店主を選択した。この酒場では酒や食事の提供以外に、依頼主と勇者を仲介することでクエストの受注も担当している。




シューロ「あーいいのいいの。そういうのはもっとオレより強くて、頭良くて、なんでもできるやつの仕事だから。お呼びじゃないんだよオレなんて」




絵に描いたように自嘲しながら、気怠そうにまた酒を口に運ぶシューロ。




イホリ「そんなこと言っても、定職にはつかないと生きていけないでしょう?」


シューロ「だから探してるじゃん。寝てるだけで時給1500ドルーゴぐらいもらえる仕事」


イホリ「それは『探してる』と言いませんよ。ただの妄想です」




特筆して恵まれた家庭環境でもなければ、才能もない。


現代と変わらない競争社会にもまれ、数々の挫折によってやる気という名の牙を抜かれた勇者がそこにはいた。




井堀(こんなゲーム、売れるわけないだろ…)




元はと言えばプロデューサーが、「どこよりもリアルなゲームをつくるぞ!」と開発陣の反対も聞かずに制作が進められたゲームだ。エンタメとしての面白さはどこにもなく、人生における全てのパラメーターを上振れも下振れもさせずに制作された主人公が、この有様だ。




現実逃避のできないゲームには誰も食いつかない。




シューロ「いいよなマスターは、酒作って依頼書貼ってるだけだろ?」




人の気も知らずに、とイラっとするイホリ。




イホリ「あのですね…」




シューロへ説教を始めようとしたその瞬間、酒場の扉がダンッ、蹴り破られた。


蝶番が壊れて開けっぴろげになった扉から、顔の上半分をマスクで覆った半裸の大男がぞろぞろと部下を引き連れて乗り込んできた。


タダンカ盗賊団の一味だ。




タダンカ「邪魔するぜ」


《タダンカ


職業:盗賊


スキル:強奪、暴力、プレッシャー》




昼過ぎで数人ほどしか客のいない店内を見渡すと、タダンカは舌なめずりをした。




タダンカ「いいね。酒も食料もある。ちょっくら分けてくれよ、タダでな」




下卑た笑みを浮かべる盗賊団の連中。


ズカズカと部下たちが酒場に足を踏み入れる。




イホリ「そんな……あれ?」




イホリが一応は勇者のシューロに助けを求めようとするも、気付かぬ間にシューロは消えていた。




ゲームのテロップのようなものが表示される。


《ゆうしゃは にげだした》




こっそりと盗賊たちが入ってきた扉から逃げようとするシューロ。


しかしタダンカの部下にバレてしまう。




部下A「おいオマエ、何勝手に逃げようとしてんダヨ。タダンカ様に背向けてんじゃねぇヨ」


部下B「ん……なんだコイツ?」




タダンカの部下がシューロを威圧するも、すぐに異変に気付いた。


シューロは白目をむきながら、天敵の捕食者から逃れようとする小動物のように、惨めに死んだふりをしていた。




《へんじがない ただの しかばねのようだ》




勇者とは思えないような情けない姿のシューロに思わずイホリは頭を抱えた。


◯数十分後、酒場


タダンカとその部下たちに、めぼしい酒や食料をすべて奪われてしまった酒場で相も変わらずシューロはカウンターに突っ伏している。先ほどよりも、どこか哀愁を感じる。




井堀(こいつを売れる“主人公”にか…)




難易度選択の画面が出てくる。(井堀の妄想)




カーソルが動き、難易度が選択される。


《 ▷楽ちんプレイ


▷バッチリ冒険


▶いばらの道だぜ 》




井堀(いばらの道だな……これは)

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