第27話 番外三傑
「ロニ、ちょっとどいてくれるか?」
「だ〜め、久しぶりに会ったんだから堪能したいの」
起き上がれないのでどいてくれるように頼んだのだが、ロニは俺の胸に顔を押し付けて匂いを嗅いでいる。
その光景を見ていたら
「は、八花様だ……」
「ロニ様がなんでこんなところに……」
「なんてうらやま……いえ、素敵な光景でしょう……」
周囲のシスターから視線を浴びている。
彼女、ロニはカテドラルパレスで一番序列が高い最高幹部の八人、『八花』のうちの一人、三花だ。
黒猫のようなミディアムショートの黒髪に赤い瞳。そして髪の内側には赤いインナーカラーを入れている。
インナーカラーは獣人の風習だそうで、「目立つ色を入れてもお前に勝てるんだぞ」という強さのアピールでもあるらしい。
いい加減離してくれないだろうかと無理やり引き剥がそうとするものの、凄まじい力でまったく剥がれない。
さすがはカテドラルパレスの中でも最強の八人のうちのひとり。力が桁違いだ。
しかも俺の引き剥がしにはびくともせずにゴロゴロと喉を鳴らしている始末。
これは当分どいてくれそうにない。仕方ないからこのまま立ち上がろう。邪魔だけど。
「よいしょっと」
闇のオーラを手の形にして背中から伸ばし、起き上がる。
それに対応するようにロニは俺の上半身に抱きついてきた。
「はぁ……」
「んふふふふ」
俺が諦めたようにため息を付くとロニは嬉しそうに笑い声をあげる。
シスターたちの奇妙なものを見る目で見られながら、そのまま歩き大神殿の中へと入っていく。
カテドラルパレスの施設は主に地下に建設されている。
表の神殿部分だけじゃ普通に施設として使えなかったのが主な原因だ。
地下深くに作られた施設は外から攻撃された場合のシェルターや居住区として活用されている。
しかし土地自体は普通に余っているので、建築技術も高まっている今、神殿の周囲には建物が並んでいた。
俺が向かっていくのはその中でもひときわおおきな建物。
このカテドラルパレスのランドマークとも言える大神殿だ。
大神殿はかつては寂れ、崩壊する直前まで風化していたが、今はカテドラルパレスの面々が修復と改良に励んだ結果、かつての大神殿よりも豪華な見た目に変わっている。
今、この大神殿は俺と八花の専用居住区という特別な場所になっている。
大神殿の中に入ると、一気に人の目が少なくなった。
この場所は八花の居住区なので一般のシスターたちでは立ち入ることすらできない聖域と化しているのだ。
「とりあえず部屋についたら降りるんだぞ」
「はぁい」
ずっと抱きついているロニにそう告げると勢いよく返事が返ってきた。
廊下を進み、とうとう俺の部屋の前へとやってきた。
いつもダークシェイド領の自分の屋敷で寝泊まりしているのでいらないといったのだが、ルナをはじめ八花が絶対に作ると譲らなかったので作ることになった俺の部屋だ。
あまりカテドラルパレスで寝泊まりはしないのだが、せっかく作ってもらったものを使わないのはもったいないので、たまに休憩するときや簡単な仮眠で使っている。
何も考えずにガチャリとドアノブを明けたそこには、
「おかえりなさいシン!」
そこには満面の笑みを浮かべるルナが立っていた。
俺を出迎えるルナにはいつものクールで冷静沈着な、カテドラルパレスのリーダーである彼女の面影はない。
実は彼女は一般シスターたちの前ではクールぶっているが、身内にはゲロ甘という驚くべきギャップ持ちなのだ。
「さっきあなたがカテドラルパレスに来たって聞いたから急いでリラックスする準備を……はい?」
そんなルナは俺に抱きついているロニを見つけ、眉を寄せる。
「ロニ、あなた何をやっているの? 今すぐにシンから離れなさい」
「やだ。だってシーくんと久しぶりにあったんだもん。ちゃんとチャージしないとだし!」
「……どうやら無理やり引き剥がされたいみたいね」
ルナとロニの雰囲気が尖っていき、今にも戦闘が始まりそうなほど空気が張り詰めた。
「はいストップ」
しかしそれに俺は割って入る。
「ロニ、部屋についたら降りるって約束だったよな」
「えー、でもぉ……。シーくんが好きだから仕方ないと思わない?」
ロニは俺の耳元で甘く囁いてくる。
これは魔法の言葉を使う時が来たようだ。
「約束を守れない奴は嫌いになっちゃうぞ」
「っそれだけはやだ、ごめんなさいシーくん……!」
慌てたように降りるロニ。
「ルナ、俺のために怒ってくれてありがとう。紅茶を淹れてくれたんだろ? せっかくだから飲んでもいいか?」
「え、ええ、もちろん……! こっちよ」
ぱっと明るい表情になるルナ。
ルナにもフォローを入れつつ、ロニも適当に頭をワシャワシャと撫でておき、部屋の中へと入る。
「はい、どうぞ。あなたのために心を込めて淹れた紅茶よ」
「ありがとう」
椅子に座り、ルナから紅茶のカップを受け取って一口飲む。
ホッ、と一息を吐き出したそんな俺の内心は……リラックスとは程遠かった。
(ふぅ……疲れた……)
今でこそ扱い離れたものだが、八花どうしの喧嘩は本当に気を使う。
前はヒートアップして大神殿が半壊したこともあったから余計にだ。
ひと仕事を終えた俺はようやく紅茶を飲んで落ち着く。
足元にはまるで本当の猫みたいにロニが寝転り、俺の隣にはルナが立って紅茶を飲むたびに次の分を注いでくる。
……やっぱりなんか落ち着かないな。
「そういえばコリンから伝言を預かってるわよ」
「え、コリンから?」
「ええ、「たまには訓練場の方にも顔を出してちょうだい。その方が練習中の子たちの士気が上がるから」って」
コリンはカテドラルパレスに入ってきた新人を育成する訓練教官だ。
「俺が顔を出したほうが士気が上がるのか? どっちかと言えば逆じゃないのか?」
「そんなことないわよ。あなたがカテドラルパレスに顔を出した後は大抵皆やる気を出してるし、コリンの言うことも間違いじゃないと思うわ」
「私もシーくんがいたらやる気出るよー!」
「そういうものか……?」
ルナとロニの話を聞いて俺は首を傾げる。
おかしいな。俺が上司に顔を出されたときは普通に「はよ帰れ」と思っていたものだが……。
(まあ来てって言われてるなら、久しぶりに顔を出すか)
椅子から腰を上げてルナとロニに尋ねる。
「今から訓練場に行くけど、一緒に来るか?」
「……いえ、いいわ」
「……私もパス。コリンに会うくらいならじっとしてたほうがマシ」
しかし二人共苦い顔をして拒否する。
予想はしていたが、やはり二人共コリンのことは苦手らしい。
カテドラルパレスの訓練教官ことコリンは、カテドラルパレスの全員から若干苦手意識を持たれている。
最高幹部である八花ですら全員薄っすらと苦手意識を持っているくらいだ。
まあ訓練教官という立場と性格上、仕方がないと言えば仕方ないのだが。
「じゃあ俺一人で行ってくる。また喧嘩するんじゃないぞ」
「ええ、もちろん」
「分かったー!」
目を離している隙に大神殿が崩壊しないように二人に釘を差し、俺は訓練場へと向かった。
訓練場は大神殿から離れたところに建てられた闘技場だ
そこでは日夜実戦形式の戦闘訓練が行われ、ただでさえ全員聖女の血を継いでいて才能があるカテドラルパレスの少女たちを、さらに強くしている要因の一つになっている。
近づくにつれて聞こえてくる剣戟の音を聞きながら中に入ると、闘技所の中では等間隔に並んでいる純白のシスター服を着ている少女たちがお互いに剣をぶつけ合い戦っていた。
「いいわよぉ! その調子でもっと強気に戦いなさぁい! ただし恋愛と同じで駆け引きは忘れないように! あっそこもうちょっとステップを半歩右にそらしたほうが良いわよぉ!」
その中に一人だけ異質な人物がいた。
白いシスター服の少女たちに指示を飛ばす、ムキムキマッチョのオカッパ頭の男だ。
シャツのボタンを大きく開けて胸筋を見せびらかし、夜なのにサングラスをかけているその男は、パンパンと大きく両手を打ち鳴らす。
「はぁい戦闘やめっ! 今から十五分きゅうけーい! 怪我した子は私に言いなさぁい! 優しく丁寧にしっとりと手当してア・ゲ・ル……♡」
シスターたちの中には怪我をしている少女が何人もいた。
しかし末尾だけやけにねっとりと強調された言葉を聞いたシスターたちは無言で自力の手当てを始める。
「あぁんもうっ、どうしてみんなあたしの治療を嫌がるわけぇ! あたしなら一瞬で綺麗に回復させれるのにぃ!」
拒絶させたオカマはくねくねと身体をくねらせて不満げな声を上げる。
「たぶんその喋り方のせいだと思うぞ、コリン」
俺はその背中に声をかけた。
「ブラック様だ……」
「あれがブラック様……」
手当をしていたシスターたちが俺を見て呟く。
振り返ったコリンは嬉しそうな声を上げた。
「あぁら! ブラックじゃなぁいッ!! あたしの頼みを聞いてくれたのぉ? やぁん、良いオ・ト・コ♡」
人差し指を鼻の前に持ってこられたコリンの手を払い除ける。
「で、最近調子はどうだ?」
「相変わらずサラッと流すわねぇ。あたしが帝国のスパイだったときからずっと変わらずいけずなんだからぁ」
コリンは隣国である帝国の凄腕スパイとして、単独で王国に潜り込んでいた。
それを俺が倒し、カテドラルパレスへと勧誘したのだ。
「育成の方は順調よぉ。みんな凄い才能があるから教えるあたしの方もすっごく楽しい。けどあたしに治療させてくれないのだけが悩みねぇ。おかしいわ、あたしの『パーフェクトルーム』ならどんな傷だって治せるっていうのに……」
コリンは困ったような表情で頬に手を当てため息をつく。
『パーフェクトルーム』。
それはコリンが持っているユニークスキルだ。
文字通り「だいたい何でもできる」空間を生み出すという能力で、その中ではコリンが設定した法則が適用される。
例えば「空間の中の全員の魔力をゼロにする」したり、魔力を消費して部屋の中のシスターの傷を治すということだってできる。
ただし設定した法則を「自分だけを除く」ことはできない、というのが難点となる。
この『パーフェクトルーム』、めちゃくちゃ強い。
俺ですら倒すのに苦戦した相手だ。
そうしてようやくの思いで倒した後、カテドラルパレスの訓練教官としてスカウトしたのだが──どうにもカテドラルパレスの女性陣からは少し苦手に思われている節がある。
(まあ距離を置く理由もわからなくはないが)
研究開発員のダイン、もう一人の男性、そして訓練教官のコリン。
この三人は、カテドラルパレス内でも数少ない男性だ。
……が、揃いも揃って三人とも性格に難ありで、八花をはじめとする女性陣からは若干敬遠されている。
どれほど敬遠されているかといえば……「同じ序列に並べられたくない」と、わざわざ『番外三傑』という立場まで作っているほどだ。
そのため彼らは組織図上、八花たちシスターの枠から外された、いわば独立した幹部として扱われている。
(俺としてはもっと男性陣を増やしたいんだが……)
現状の『番外三傑』を見ている女性陣からは「絶対にやめて」と強く止められている。
加えて聖女の紋章が現れるのは少女だけということもあり、今現在カテドラルパレスは女性が大多数を締めていた。
「ねっとり言うからダメなんじゃないのか?」
「ねっとりなんて酷いわぁ。愛(ラブ)を込めてるって行ってちょうだい!」
ふざけた話し方をするコリンだが、これでも帝国ではトップレベルの諜報員だったこともあり、超絶優秀だ。
「はいはい。それじゃ、俺は帰るよ」
「えーっ、もう帰るわけ?」
「あんまり長居するのも迷惑だろうからな」
「ええ? そんなことないわよ。みんなブラックがどれだけいたって気にしないわよ。ねぇ、みんな?」
コリンがシスターたちの方を向く。
するとシスターたちはシンクロした動きで何度も頷いた。
だが俺はこんなところは騙されない。
「いやいや、普通上司が見てるなんていやだろ?」
「いや、本当にここにいる子たちは気にしないと思うし、逆に嬉しいと思うけど……」
「皆隠してるだけだよ。それじゃな」
俺はその場を後にする。
闘技場から出て屋敷に帰ろうかと『黒門』を作っていると、
「もう帰るの?」
ルナがやってきた。
「もう夜も遅いし、泊まっていけば?」
「いややめとく。屋敷の使用人も困るだろうし」
「……それ、いつも話してるメイドの子のこと?」
ルナの顔が曇る。
まずい。なぜかルナは屋敷のエルのことを話すといつも不機嫌になるのだ。
慌てて話を逸らす。
「そうじゃなくて執事長が心配するんだよ」
「そうなのね。あなたが伯爵という立場である以上仕方のないことなのでしょうけど、あなたの帰る家がここじゃないというのは少し寂しいわ」
「俺もカテドラルパレスは自分の家と同じくらい大切だと思ってるよ」
「本当? あなたも同じ考えなら凄く嬉しいわ」
ルナはニコッと笑った。
「それじゃ、またくるよ」
「近い内にまた来てね、絶対に」
まるで置いていかれる子犬のような目をしているルナに一旦別れを告げてワープゲートへと入った。
……最近、なんだかわざわざ帰りづらい言葉を選ばれているような気がするのは気のせいだろうか。
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