第12話 いざ学園生活へ

 そして、1年が経過した。

 俺は12歳になり、身長も伸びてきた。

 姿鏡に写っている俺は……制服を着ていた。


「制服もよくお似合いでございます」


「さすがはシン様、どんな格好でも素敵です!」


「ありがとう、二人とも」


 オリバーとエルが制服を着た俺を見て褒めちぎる。

 二人が褒めてくれた通り、鏡の中に映る制服を着た俺は様になっていた。

 一応、シンの顔の造形はかなり整っている。

 髪は美しい光沢のある鴉の濡れ羽色、瞳は漆黒の宝石のごとく輝き、鼻筋はすっと通っている。

 ゲームではいつも小悪党じみた笑みを浮かべていたので、あんまりイケメンというイメージはないが。

 そんなことを考えているとエルが頬に手を当て、深くため息をついた。


「でも、残念です。せっかく内政改革が軌道に乗ってきたのに学園に通わないといけないなんて……」


「それは仕方ないさ。なにせ王国貴族の義務だから」


 12歳を迎えた王国中の貴族の子どもには、王都にある王立中央学園の初等科に1年間通う義務が発生する。

 要は1年間だけの小学校だ。

 ただしただの小学校と侮るなかれ。

 王立であり、国中の貴族が通う学園であるため、設備はすべて最新でゴージャスだ。

 学園では貴族に必要な基礎的な知識のほか、礼儀作法や食事のマナー、ダンスのレッスン、魔術の授業なんかも存在する。

 メリットはどんなに小さな貴族でも王都の進んだ教育を受けることができるというのと、学園の中でうまくやれば将来に繋がらる人脈を形成することができるということ。

 実際に、学園に通う男爵家や子爵家はの子どもの中には、上の貴族とどうにかコネを作るように命令されている子どもがたくさんいるという。


(だが、俺は違う。この1年間を利用して、できる限り破滅フラグをへし折ってやる……!)


 学園にはもちろん、本編で登場するメインキャラも通っている。

 こういう機会でもないと接触できないヒロインがメインキャラが勢揃いとはいかないまでも、たくさん通っているのだ。

 こんな絶好の機会、利用しない手はない。


「申し訳ありません。私も一緒に通うことができればよかったのですが」


「まあ、気にしなくて良いよ。メイドとして修行するんだろ?」


「はい! メイドとしてパワーアップして、これからも一層シン様のお役に立てるように頑張りますね!」


「ああ。その代わり俺がいない間の屋敷は任せたぞ。オリバーもよろしく頼む」


「はいっ!」


「かしこまりました」


「まあ、転移魔法陣があるから簡単に帰ってこれるけどな。何かあったらすぐに呼んでくれ」


 エルは今回の学園の参加は見送った。

 元孤児であるエルだが、ユニークスキルを所持していることを提示すればおそらくは通うことは可能だっただろう。

 だがエルはこの1年でメイドとして一段階レベルアップするために初等科には通わないことにしたのだ。


(正直、俺としてもありがたい。エルがどこかで俺の破滅フラグを立てるとも限らないしな……)


 エルとオリバーが部屋から出ていったあと。


(シン、今いいかかしら)


 ルナからテレパシーが送られてきた。

 遺物を改造して作った電話のようなものだ。

 消しゴム程度の大きさで場所も取らずポケットに入れておけるので重宝している。


(どうした。何かあったのか?)


(ええ、『カテドラルパレス』に新しく入ってきた子たちが増えてきたから顔を通しておこうと思って)


 『カテドラルパレス』、というのは1年前に俺とルナが作った組織の名前だ。

 この1年間、カテドラスパレスに入る人材を集めまくったおかげか、いい感じに成長している。


(なるほど。そういう理由か。分かった、今向かう)


 そう返事をすると部屋の本棚のとある一冊の背を引いた。

 すると本棚の扉が開き、小さな部屋が現れた。

 なにもないその部屋の中には床に大きな魔方陣が描かれている。

 これが『カテドラルパレス』のアジトへと直結している転移魔法陣だ。

 魔法陣の上に立ち、本拠地である女神の神殿へとひとっ飛びする。

 転移すると同じように何も置いていない無機質な部屋へと到着する。


「いらっしゃい、シン」


「お出迎えご苦労さま、ルナ」


 転移した先ではルナが待っていた。

 漆黒のシスター服は、カテドラルパレスの中でも最上位の階級を示す証だ。


「他の『八花』の皆は?」


「みんなは今外の任務に向かってるわ。それぞれ魔王教の拠点を潰して攫われた人を救出してる」


 『八花』というのはカテドラルパレスの上位八名のことだ。

 トップは一番最初のメンバーであり、八花の中で最強のルナ。

 その下の七人も実に強力なスキルを有しており、実に将来が楽しみだ。

 組織を立ち上げてから1年、彼女たちをスカウトするために王国中をずっと奔走した甲斐がある。


「そうか、いつもご苦労さま」


「……別に、褒められるようなことはしてないわ。あなたの命令を忠実にこなしているだけだもの……」


 俺が褒めると照れ隠しかそんな事を言って顔をそらすルナ。

 いつもは組織のトップとしてクールに振る舞っているので冷たい印象を持たれがちだが、今みたいに褒めると照れるルナには年相応の可愛らしさがある。


「さ、さあ、行きましょう」


 こほん、とルナが咳払いする。

 ルナに連れられるまま大広間にやってくると、奥には玉座があり、手前には白いシスター服を着た何人かの少女が跪いていた。

 その手にはルナと同じように聖女の末裔である証の、白百合の紋章が刻まれている。

 組織のトップとして威厳を出すために体から闇のオーラを放出する。

 少女たちの横を通り過ぎて玉座に腰掛けると、ヒソヒソと話す声が超えてくる。


「あの方がブラック様……!」


「すごい魔力量……」


「ちょっとかっこいいかも……」


 少女たちは口々に感想を述べる。

 ちなみにブラックというのは俺の正体を隠すための偽名だ。

 シンはダークシェイドとか影とかが名前についているので、そこからつけた。


「──だまりなさい」


 氷のような冷たい声が彼女たちの言葉を遮った。

 声の主はルナだ。

 俺の隣に立っている彼女は、身も凍えるような冷たい瞳で少女たちを見下ろす。


「ここではブラックが絶対君主よ。彼の前で許可なしに発言するのは、彼を軽視しているのと同義よ。慎みなさい」


 ルナの言葉に一気に顔を青ざめさせる少女たち。

 勘違いしないでほしいが、俺がやらせているわけではない。

 俺はそんなに厳しくやらなくてもいいと言ったのだが、ルナは、


『こうしないと規律を保てない』


 といったので、仕方なくそうしているのだ。

 でもこんな風にカテドラルパレスに入った瞬間から厳しい上下関係を叩き込むおかげで、規律の乱れもなく裏切りもないらしい。

 それどころか組織への忠誠度が上がっているとかなんとか。

 まあ、ルナの方法でうまくやれているようなので、このままやらせればいいと思っている。


(さてと、いつものやつをやりますかね)


 スキルの『真理眼』を使い、少女たちの所持しているスキルを確認した。


(ふむ、特にメインキャラ級のスキル持ちはいないな)


 一応スキルは魔道具や遺物などでも確認することはできる。

 しかし中には自分がもっているスキルを隠蔽できる能力も存在する。

 実際に俺は『暴食魔王』の能力の一つでスキルを自由に隠蔽できる。

 なので隠蔽を看破できる『真理眼』でスキルを確認しているのだ。

 今回入ってきた子の中にはメインキャラっぽいスキルをもっている人間はいなかったので大丈夫だろう。


(それにしても、なかなか傷がひどいな……)


 保護された子はみんな衰弱して、身体に傷がついていたりした。

 そして皆、身体に焼きごてで奴隷の紋章を刻まれたあとがあった。

 最近の手口として、魔王教は万が一逃げ出さないように、奴隷紋を押して心を折っているのだ。

 流石に見ていて可哀想なので『精霊回復術』を使って奴隷紋ごと消してやる。

 指をパチン、と鳴らすと彼女たちの身体を淡い光が包みこんだ。


「傷が……!」


「奴隷紋まで……。一生消えないと思ってたのに……!」


 少女たちは自分たちの身体を見下ろして、奴隷紋が消えたことに喜ぶ。


「今まで大変だっただろう。だがここに来た以上、働いてくれる限り俺は君たちを保護する。魔王教の手はもう伸びてこない。これから頑張ってくれ。以上」


 俺は長々と話をする上司にはなりたくないので、簡潔にまとめて伝える。

 すると彼女たちは、


(行く宛のない私たちを保護してくれた挙げ句、ねぎらいの言葉まで……)


(それどころか奴隷紋まで消してもらえるなんて……!)


(ここに保護されて本当によかった……!)


 ジーン、と感激したような表情になったあと、


「「「はいっ、全てはブラック様のために!!」」」


 一斉に勢いよく返事をした。


 新しく入ってきた少女たちへの謁見も終わり、次に俺はアジトの中にある実験室へと向かった。

 『実験室』と書かれたプレートが吊り下げられている扉を開けて中に入ると、そこにはゴミ屋敷さながらの景色が広がっていた。

 様々な本や部品、遺物だと思われるようなものが積み上がっている。


「ダイン、いるか?」


 山が多すぎてこの部屋の主がどこにいるかわからないので、大声で呼びかける。


「はぁい! ここにいますよぉ!!」


 すると山の中から返事が帰ってきた。

 メガネをかけ白衣を着たいかにも研究者といった男……彼がこの部屋の主だ。

 彼の名前はダイン。

 俺がスカウトしてきた技術屋で、主に遺物の改造や研究を担当している。


「久しぶりですねブラックさん!」


「ああ、久しぶりだなダイン。研究はどうだ? 転移魔法陣の解析は進んだか?」


「いやぁ、全然ですよ! まだ10%も進んでいません。難解過ぎて全然構造が読み解けないんです。まあ、そこがいいところなんですがね!」


 ダインが今主に研究しているのは古代文明の技術の結晶、転移魔法陣だ。

 ただ解析自体は進んでいないものの、ダインは複製することに成功した。

 そのおかげで俺たちカテドラルパレスは各地に一瞬で転移できる、どんな国にもまさるアドバンテージを獲得したのだ。


「今日は一体どのようなご用事でこられたんです?」


「ああ、そうだった。明日から王都の学園に1年間通うんだが、長距離用の通信機はないか? 今のこれじゃ流石に王都まで通信を飛ばせないだろ?」


 現在所持している通信機はあくまで中距離用。

 王国の最西端にあるこのアジトから中央にある王都までは、流石に通信を飛ばせない。


「もちろんできてますよぉ! 今度のは王都どころか、王国の端から端まで通信できる優れものです!」


 ダインが山の中をガサゴソと漁って、俺に通信機を投げ渡してくる。


「通信距離も上がって、そのうえサイズも据え置き……さすがはダインだな」


「いえいえ、お褒めに預かり光栄です」


「いつもありがとな」


「そんな! 感謝するのは私の方ですよ! 王国では禁止されてる転移魔法陣の研究をやらせてもらえるうえに、自由に遺物の研究をやらせてもらえるんですから!」


 王国の法律で転移魔法陣の研究は禁止されている。

 転移魔法陣が悪用されれば王都に大軍勢を一瞬で送ることが可能になったり、国王を暗殺することも可能になるからだ。

 よって今は現存する転移魔法陣しか利用できない。

 それに不満を抱えていたダインは、俺の誘いを二つ返事で承諾した。


「王国の研究所と違ってここは最高です! 予算は潤沢。自由に研究もできる! 遺物だって大量に手に入りますからね。はぁっ、はぁっ……!!」


 遺物の山にちょっと危なげな笑みを浮かべて頬ずりするダイン。


「ああ……遺物は素晴らしい。人類の英知が詰まっている……! んふふふ……!!!」


 ダインの欠点として、倫理観が欠けていること、そして重度の遺物マニアであることが挙げられる。

 要は……変態だ。

 このせいでカテドラルパレスの女子の面々からはかなり遠巻きにされているそうだ。

 アジトに来るといつもはぴったりくっついてくるルナが、ダインの研究室だけにはついてこないのがいい例だ。


「じゃ、じゃあ俺はこれで……研究頑張ってくれ」


 遺物を愛で始めたダインはあまり話が通じない。

 用事も終わったので俺は研究室からお暇することにした。


 俺は転移魔法陣でダークシェイド家の自室へと戻って来る。

 そろそろ学園へと向かう時間だ。

 持ち物を整え、深呼吸する。


(よし、ここでフラグを大量にへし折ってやる)


 改めてそう決意して、俺は王立中央学園へと向かった。


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