第8話 ぶっ壊れスキル

 目の前にいる超絶美貌の女性が口を開く。


『──私はシルティア。生命を司る大精霊です』


 その声は清流の水のように透き通っていて、枕元で奏でられるハープのようにすっと耳に入ってくる。

 やばいな、さすがは人間じゃない上位存在。

 その美しさも魔力も全くの別物だ。

 けどここで気圧されては駄目だ。

 ゲームの中での主人公とシルティアの会話を思い出しながら。俺は自分の名前を名乗った。


「俺はシン・ダークシェイドだ」


『人間の方がなんの御用でしょうか。談笑しに来たようにはみえませんが』


 水晶のように透き通った青い瞳が俺のすべてを見透かすような錯覚を覚える。

 これはすぐに話を切り出した方が良さそうだ。

 そう考えた俺は真摯にシルティアへと俺のここに来た理由はを伝えた。


「ここに来た理由は『精霊回復術』と『大精霊の加護』をもらうためだ。二つのスキルを俺にくれないか」


 シルティアの瞳をまっすぐ見てそう告げる。

 俺が取りに来た『ぶっ壊れスキル』。


 それは大精霊シルティアから授かることのできる『精霊回復術』と『大精霊の加護』だ。


 この二つのスキルはゲーム『ソード・ラプソディア』の中でも有名なぶっ壊れスキルで、どんな周回でも俺は毎回このスキルを取りに来ていた。

 なぜシルティアからもらえるこのスキルが強いのか。


 まず、『精霊回復術』は”どんな傷や毒、呪いにも効果がある”回復術だという点。

 それに加えて、

 ・『本来なら聖なる魔法でしか回復や解呪ができない傷や呪いを回復するうえに、回復量が段違いに高い』こと。

 ・『そして他の回復魔法と違って『ヒール』『ハイヒール』『エリアヒール』などを個別に一から習得する必要がなく、スキル内の能力として包括されている』こと。

 ・『さらには魔力の効率がとてもよく、通常の回復魔法よりずっとすくない魔力量で回復でき、精霊と契約すれば精霊に魔力を負担してもらい自動で回復できる』こと。

 の三点が挙げられる。

 つまりは『精霊回復術』は回復魔法の中でもとびきり優れた魔法なのだ。


 そして『大精霊の加護』。

 このスキルは『常時発動型である』のに加えて、

 ・『毒や呪い、麻痺などのすべての状態異常に対して高い耐性を持つ』

 ・『常時魔力が回復する』

 という能力がついてくる。

 この能力が『加護』系のスキルなので、”魔力を消費しない”で発動する。

 二つのスキルのぶっ壊れっぷりが理解できてもらえただろうか。


『スキルを授かりに……』


 シルティアは数秒俺の目を見つめて考えたあと……首を横に振った。


『それはできません』


「どうしてだ?」


 理由は大体分かっていたが、それでも一応聞いてみる。


『あなたが『魔王の因子』を持っているからです』


 予想はしていたがやっぱりか。


『魔王は邪悪な存在。そんな魔王のスキルを持つ人間に私のスキルを授けて悪用されれば、世界のバランスが崩れてしまいます。ですからスキルを授けることはできません』


 シルティアの言う通り、この世界では『魔王』は邪悪な存在とされている。

 それは人類と『魔王』が長い年月の間、ずっと戦い続けてきたという歴史に起因する。

 原作でも『魔王』のスキルを持つキャラは全員敵だった。

 この世界において『魔王』は人類に仇なす存在なのだ。

 俺は胸に手を当ててシルティアへと真摯にお願いする。


「俺は悪用したりしない。『試練』に受けさせてくれればそれは証明できるはずだ」


『! 試練のことをどこで……』


 俺が『試練』のことを知っている事実に驚くシルティア。


「それは言えない。けどこれはだけは約束する。確かに俺は『魔王』のスキルをもっている。けど、俺は邪悪な人間じゃない。俺がスキルを欲しい理由は俺が生き残るため、そして皆を守るためだ」


 ここで嘘はつかない。

 シルティアに嘘は通用しない。

 そもそも嘘をついたとしても、次の『試練』で判明するからな。

 シルティアは俺を見定めるようにじっと見つめたあと、


『……わかりました』


 と了承してくれた。

 シルティアがその綺麗な腕をすっと上げると、とあるものが現れた。

 それは木製の杯。

 その杯にどこからともなく湧いて出た金色の酒が満ちていく。

 同時に周囲に甘美な、なんとも言えない素晴らしい匂いが漂ってきた。


『貴方は今、言ったことが真実だと誓えますか?』


「ああ、誓える」


 シルティアは金色の美酒で満たされた杯を指差す。


『では杯の中の神酒を飲み干してください。もし今の言葉に少しでも嘘が混じっていれば……美酒はたちまち猛毒となるでしょう』


 原作と同じセリフを『試練』の口上が述べられ、俺の前に神酒が満たされた杯が移動してきた。


「……」


 シルティアの宣言通り、この神酒は少しでも嘘が混じっていた瞬間に猛毒へと変化する。

 その毒はどんな解毒魔術やスキルを使っても解毒できず、命を刈り取るという恐ろしい毒だ。


(嘘は言ってないけど、流石に緊張するな……)


『どうしましたか。怖気づきましたか?』


 俺がちょっとだけ躊躇っているとそれを見透かしたようにシルティアが声をかけてくる。


「いや、どうせなら器いっぱいに注いでくれたらいいのにな、って考えてただけだ」


(こういうのはためらわずに一気に飲み干す!)


 俺は杯を掴むと、神酒を一気に飲み干した。

 熟した果実のような、それでいて爽やかな柑橘類のような匂いが腔内に満たされる。

 むせ返るほど濃厚な匂いとは裏腹に、まるで水かと錯覚するほどに口当たりは軽い。

 一口飲み干すたびに「もっとよこせ」と本能が訴えかけてくる、まさしく神酒という名に相応しい酒だった。


「っぷは!」


 神酒を飲み干し、口もとを拭う。

 そしてしばらく待っても……身体に変化は訪れなかった。

 シルティアが目を見開く。


『まさか、本当に言葉に嘘がなかった……!?』


「ちゃんと宣言通り試練は突破したぞ。さあ、約束通り俺にスキルをくれ」


『……確かに、魔王の因子を持っているとはいえ、試練を突破したのは事実。であればスキルを授けるのが道理ですね』


 そしてシルティアは手を持ち上げる。


『大精霊シルティアがシン・ダークシェイドにスキルを授けましょう』


 シルティアの指先が光り、光がふよふよと俺の胸のあたりまで飛んでくると、身体の中に吸い込まれていった。

 同時に身体の中にスキルが入ってきた感覚があった。


(よし、ぶっ壊れスキルの『精霊回復術』と『大精霊の加護』ゲット……!!)


 心のなかでガッツポーズを取る。

 この二つのスキルがあれば、これから先の俺の生存率がぐっと上がる。


「スキルありがとう。じゃあ俺はここで……」


 シルティアにお礼を述べて、その場を立ち去ろうとすると、


『あのぅ、えっと……』


 恐る恐るといった様子でシルティアが話しかけてきた。


「? なんだ?」


『あ、いや、その…………スキルは、ちゃんと授けることはできましたかなって、心配で』


「えっ? ああ、ちゃんともらえてるけど……」


『そ、そうですか……』


 シルティアは気まずそうに視線を泳がせながら手をもぞもぞと動かしている。

 しかも目があったら引きつった笑みで『えへへ……』とか笑うし……一体何がしたいんだ?

 なんだコイツ? なんかキャラが変わってないか?


(そういえば……)


 俺は原作のことを思い出す。

 原作において、シルティアからスキルを授かるイベントは、試練とスキルを授けるところまではかなりサクサクと進む。

 しかしスキルを授け終わった瞬間、シルティアはめちゃくちゃ話しかけてくるようになるのだ。

 しかもその内容も今みたいな「その……」「あ、いや……」みたいな薄いものばかり。

 俺も含めたプレイヤーは皆イライラしながらボタンを連打してスキップしていた。

 原作でのシルティアの意味のない長話はかなり不評で、「どうしてこんなのを入れたんだ?」と疑問も抱かれていた。

 そもそもの話として、開発側がゲームに無関係なシルティアの長話をいれるとは思えない。

 だからエルティアの長話シーンはなにかフラグを立てることで続きが見れるんじゃないか、という仮説が立った。

 だが有志の人間がいくら周回を重ねてもシルティアの長話の理由は分からずじまいで、結局ファンの間では解決されない有名な謎シーンだった。

 長話に捕まるのはごめんなので、ここらで退散することにしよう。


「えっと、それじゃあ俺はここで……」


 長話が始まる前に戻ろうと踵を返したとき、


『…………あなたも行ってしまうんですね』


 と小さく呟くシルティアの声が聞こえて、ピタリと足が止まった。

 ──もしかして。


(開発側があえて無意味な長話シーンを入れるとは思えない。ならこの無意味な長話には意味がある)


 たとえば、シルティアの設定上この長話を入れる必要があった、とか。


(シルティアはずっとこの大森林の泉で、悠久の時を過ごしてきた大精霊だ)


「もしかして…………ずっと一人で寂しかったのか?」


『へっ』


 シルティアが素っ頓狂な声を上げた。

 もしそうなら長話の辻褄が合う。

 一人で寂しくて、だから久しぶりに来た人間を引き止めるためにずっと話しかけていたのか?

 孤独は嫌だから。


『えっ、あっ、いや、今のは違います! ちょっとした手違いで……!』


 慌てた様子で否定するシルティアの様子が答え合わせだった。

 シルティアは孤独を嫌う普通の人間と変わらないんだ。

 次の瞬間、俺は思わず提案していた


「なあ、シルティア。……一緒に来るか?」


『………………はぇっ!?』


 シルティアがとんでもない声を挙げた。


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