第5話 整備士と技師

「で、なんで人の家の前に佇んでたわけ?こんな雨いつものことだろ。」

 目の前には褐色の肌をした声の迫力のわりには少し、いやかなり小さめの少女が仁王立ちしている。長い黒髪に赤いメッシュが注意を引く。右目が隠れるように斜めにカットされた前髪の後ろ側には赤く鋭い眼光が見える。

 声をかけられた後、俺たちは扉が開けられる場所まで移動した。姿を表した声の主であった少女はそのまま俺たちを一見家には見えない家の中に半ば強引に引きずり込んだ。そろそろ座っている足が痺れ始める。くどくどと説教が小一時間は続いているはずだ。

 俺は説教を聞き流しながら家の中を静かに見渡す。俺たちは入ってすぐ座らされたから入口すぐのところに座っている。右手には大きめの木箱と小さめの木箱がある。大きめの木箱の上にコップがあるから、きっとあれはテーブルらしき何かなんだろうと当たりをつけた。その奥では雨漏りをしており、そのさらに奥に部屋がある。中は暗くてよく見えなかった。左手には一際目立つ金属製の扉が見える。赤い文字で何か書かれているがイェネオスがいてよく見えなかった。正面には埃を被った暖炉らしきものがあって、その隣に2階に上がる梯子が見えた。正直こんなボロボロの家の2階には上がりたくはない。落ちそうで怖い。俺が部屋を横目で見渡していると―――

「ねぇ、聞いてる?特に、お前。」

「……」

「お前だって!」

 頭を軽く叩かれてしまった。気付いていなかったからか余計に驚く。

「ッッ!」

「うおっ!そんな驚くなよ…。俺がビックリしただろ……」

「そんなに怒らないの。ここらじゃ見ない顔だし、初めて来たんでしょ。」

 雨漏りのする部屋の奥の方から柔らかな男性の声が聞こえる。顔を出した男性は手に薄いタオルを数枚抱えてやって来た。少女と同じ褐色の肌に赤いメッシュの入った黒髪をした青年だった。

「兄さんは優しすぎるよ!マジで迷惑だっての。」

「はいはい、そうだな。」

 兄さんと呼ばれた男性は怒る少女を歯牙にもかけないようにタオルを俺たちに差し出す。とても薄いが吸水性には優れているようだ。

「妹がすまないね、聞かん坊なんだよ。俺はアルムス。こっちは妹のアルマだ。差し支えなければここにいた理由を聞いてもいいかい?」

 どこか機械的で単調なしゃべり方の男性だと思った。しかし実際迷惑をかけていたことは事実、また生活環境と態度を見る限りこの国に協力的な国民にも見えなかったため、俺たちはここに佇んでいた理由を話した。

「……その二人がさっきの放送で言ってた逃げ出した実験体とやらで、異端者居住区である第一階層より上のエリアを目指してて、ここに辿り着いたわけか。」

 逃げることに必死で聞こえていなかったのか、話し振りからこの階層でも放送がいつの間にかあっているようだった。

 アルムスは話しに相槌を打ちつつ、いつの間に入れてきたのか湯気の立つ錆び付いたカップを手にテーブルらしき物に腰かける。少しオイルのような匂いが立ち込めた気がした。すると黙って聞いていたアルマが口を開いた。

「……あんたらさ、馬鹿正直に話しすぎだろ。」

 空気が一気に張り詰める。

「ここが貧困街だって知ってて言ってる?皆一発逆転狙ってんだよ。あんたら突き出しゃ、一生遊んで暮らせる金が手に入るんだぜ?なんなら、こんな汚ねぇ場所からはおさらばできるかも!」

 歯をギラつかせ、手を大きく広げながらアルマは続ける。

「俺たちがさ、なーんで、お前らのことを突き出さないと思ったわけ?」

 手を大きく広げ天井を見上げた体勢のまま、瞳だけはギョロリと俺たちを見下す。試されている。答えによっては本気で突き出されることも覚悟した。イェネオスが口を開くよりも先に、俺は答えた。

「金が欲しいとか、名誉が欲しいとか、そういう眼を、してないから。」

 俺は人の苦悩や痛み、悪意を敏感に感じるから、確信を持って答えた。アルマは俺の答えに体勢を崩し、意表を突かれたように瞬きをする。後ろでアルムスが腹を抱えて小刻みに揺れ、笑いを堪えているのが分かる。

「んっ、ふふ…もう、虐めてやるなよアルマ…ふふっ……あーあー…コップの中身溢しちゃったじゃないか。」

「わ、笑うなよ兄さん!だってこいつらが本気じゃなかったら助け損だからっっ!」

「分かった分かった。お前は優しいなぁ~。」

「はぁぁぁ!?違うから!」

「あははは」

 アルムスが肩を震わせながら部屋の奥へ姿を消す。服はコップの中身がこぼれたのか黒く汚れていた。アルマは舌打ちをしながら俺たちの方を向き直る。少しだけ耳が赤くなっていることは黙っていよう。

「とりあえず、本気なのは分かった。突き出したりしねぇよ。……しばらくここにいてもいいけど、その代わりに俺たちも外に連れてけ。それならここにしばらく匿ってやる。」

「なぁんで、あんたらもここを出ていきたいわけぇ?」

 いつの間にか足を崩し、楽な姿勢になっているあいつが興味すら無さそうに聞く。

「ここにいたら、いつか兄さんは……いや、なんでもない!と、とにかく!外に出た方が俺たちにとっても安全なんだよ!」

 何かを言おうとして隠されたのは火を見るより明らかだったが、この時、俺たちはそのことを追求しなかった。身の安全を優先するなら、追求しない方がいいと全員が判断したからだ。まだこの第二階層から第一階層に行くまでのエレベーターまで距離がある。移動手段を確保するまで雨風を凌げる場所があるに越したことはなかった。

 俺はここにいる間にアルムスやイェネオスにこの国のことを聞いた。テーブル…に三人で座って話し込む。イェネオスが椅子に座る度に椅子がギギギと悲鳴をあげて、イェネオスが「大丈夫だよな、壊れないよなッ?」と焦るのを聞くのはとても面白かった。アルムスはいつも手に黒い液体の入った錆び付いたコップを片手に持って話を聞いていた。そしてなぜか彼からはいつもオイルの臭いが漂っていた。

「お前たちが居た第四階層には研究者とか研究所が立ち並ぶ研究者区域。第三はエレベーターで見たよな。」

「どの階層も一面灰色で、色味が全く無いんですね。ここは走り回ってたからよく見れなかったんですけど、一応一般の人が住んでるところなんですよね?その割には活気がないと言うか、生活感がないというか……」

「まぁ、色々あってね。雑貨を売る店はあっても、食べ物を売る店とかはないんだ。」

「そうなんですか…あ、あと本で読んだ植物?とかも全然ないんですね。」

「あぁそれはね、ここには光がないからだよ。」

 コップに口を付けながらアルムスの瞳は窓に向けられる。アルムスはそのまま続けた。

「あの空はディスプレイとホログラムで人工的に造り出されたものだから、光も作り物なんだ。植物が育つような環境はここじゃ存在しないから、野菜や肉はもっぱら他の星からの輸入品だな。それを国民は配給してもらうんだ。まぁだから食べ物を売る店がないんだけど。基本配給制だから人との関わりも薄いんだよねこの国は。」

「実際に街を見に行けたりは…?」

「すまん、今は難しいな。そうだアルムス、階上エレベーターへの抜け道とか知ってるか?」

「うーん、ありはするけれど…。思い付くところはすべて監視されてそうだしね……」

「そうか…走行式浮遊艇ラットの方もまだ手配が済んでないから動こうにもな……。あ、それと機械系に妙に詳しいお前なら直せるかもしれないな。どうにも通信機も調子が悪いんだ。見てくれないか?」

「それくらいお安いご用だよ。あとで俺の部屋に持ってきてくれる?」

 イェネオスとアルムスが頭を悩ませながら談笑する傍ら、あいつと息吹吹雪はアルマを弄って遊んでいる。家が、形容しがたいくらいにはボロボロだからあまり暴れて欲しくはないのだけれど、あいつが楽しそうだから放っておいた。

「アールーマー。」

「んだよ。」

「アルマってぇ、女の子なのになんでそんな話し方なのぉ?」

「あ、それ僕も疑問だった。なんでなの?」

「あ?そりゃここじゃ弱いやつはすぐに潰されてくからな。あと!女の''子''って言うな!俺は少なくとも成人済みだ!!」

「「えっ」」

 息吹と吹雪が本気で驚いた声をあげ、動きが止まる。

「えっ、う、うっそだぁ~」

「だって…僕たちより随分、ちっちゃいよ?」

「おいてめぇら一応置いてもらってる分際で随分な態度だ―――」

「……ちみっ子……」

「おい誰だ!今『ちみっ子』って言ったヤツ!絞める!」

 腕捲りをしながら3人を追い回すアルマを横目に俺たちはテーブルを囲んで笑っていた。


 そんな日が数日続いた。日常生活を賄うための金は、アルムスとアルマが毎日スクラップを集めては売って稼いでくれた。他にも何かしているようだったが詳しくは教えてくれなかった。アルムスやアルマ曰くそれでもこの街ではマシな生き方らしい。金を持ってる素振りを見せれば、すぐさま強盗、リンチ、スリが横行するくらいには治安が悪い。違法密輸による薬の売買や人売りなんかもよく見かける。力の弱い女、子供は格好の餌食だろう。ネズミの死骸や餓死した人の死骸なんかでも、貧困街でも特に貧しい人々にとっては大切な食料だなんて耳にするくらいには日常生活に困窮する人も少なくないのだ。

 イェネオスはこの街で生まれたと言っていたのもあってか手慣れた様子でアルムスとアルマの手伝いをしていた。俺とあいつはお尋ね者も同然だから、家の中で掃除洗濯をする毎日。息吹と吹雪はと言えばあの調子で話しかけてはすぐに輪の中に入れる性格、所謂パーソナルスペース関係なく誰とでも話せる性格をしているからか、この寂れた街の人々と仲良くなっていた。

 ある日の夜。具材がほとんど入っていないほぼ白湯も同然のスープと、同じく具材がほとんどない、息吹と吹雪がどこからか調達してきた肉の紛い物だけが入ったシチューが夕食の日のこと。『白い部屋』でもここまで粗末なものは出てこなかった。どれだけ俺たち『実験体』が大切にされているのかがわかる。

 全員でテーブルを囲んで夕食を取っている時に息吹が突然こんなことを言い出した。椅子の後ろ2本足だけでバランスを取りながらゆらゆらと垂らした腕を揺らす。

「なんかさぁ~気に食わないよね~。」

「行儀悪いぞ、息吹。で、気に食わないって何がだ?」

「だってさぁ、ねぇ吹雪?」

「あー、まぁ息吹が言わんとしてることはわかるよ。」

「だから、何がぁ?」

「何がって―――」

「「この街の人が追い詰められてることがだよ」」

 カタンッと音を立てて息吹が椅子を下ろす。その振動でテーブルの上のスープが揺れる。対極に座る吹雪はスプーンを置いたかと思うと、テーブルに肘を付いて頬を膨らませている。少し怒っているようにも見えるが、顔が如何せん幼いからか全く怖くはない。吹雪が頬に溜め込んだ息を吐き出して言う。

「はぁぁ…ここの人みーんないい人ばっかだったよ。人相は悪いけどさ、いい人過ぎて、心配になっちゃう。話してみたら、分かる。」

「名前だってちゃんとあった。自分にしかできない特技だってあるのに、仕事なくして、追いやられてさ。」

「助けられるべき人が、助けられない。この国やっぱおかしいよ。ねぇ息吹。」

「そうそう。早いとここんなとこおさらばしたいよねぇ~。この街で優しくしてくれた人には申し訳ないけど、あの人たち見てるとさ、何もできないことが苦しくなってくるんだもん。」

 二人はうーんと唸りながら同時に伸びをする。椅子の背がギギッと音を立てた。わざわざ危険なことに首を突っ込まないアルムスやアルマよりも多くの人と短時間で交流したであろうこの二人が言うのだから、大概だろう。夕食のスープとシチューらしきものからは湯気だけがゆらゆらと狼煙のように上がっていく。食事を一緒に取っていないアルムスの手元にあるコップには、ディスプレイの空に映る満天の星が浮かび上がっている。そこには見た目はほぼ完璧な偽りの夜空が広がっていた。ホログラムで作り出された雲は次第に欠けた満月を取り囲むように広がり、星々との隔たりを作り上げて行く。

「早く出ていきたいって言ったって移動手段がないだろう。」

「また盗って来れれば楽なんだけどなぁ~」

「また大事にする気か。」

 息吹とイェネオスが軽口を言い合う。吹雪はやれやれいつものかと言った感じで肩を竦める。しかし実際イェネオスもそう思っていることを二人は知っていた。軽口が本当の言い争いになりかけたその時、アルマがずっと閉じていた口を開けた。

「……ちょっとお前らに見て貰いたいものがあるんだけど。もういいよね?兄さん。」

「うーん…殺伐としてきたし、そろそろ限界かなぁ。もう少し整備を万全にしておきたかったけど仕方がないね。」

 初めてここに来たときにアルムスが出てきた所はキッチンらしく、少しのオイルの匂いと香辛料の鼻を突く香りが染み付いていた。そのキッチンとは反対側にもう一つ部屋があったのだがそこは普段アルムスもアルマも入れさせてはくれなかった。二人は徐に立ち上がったかと思えば、その部屋に手招きをする。

「そこ、オレたち入っても良かったんだぁ?」

「今まで整備中のやつが入ってたんだ。完成してないものを見せて保険を掛けるほど、俺たちは自分の腕に自信がないわけじゃないよ。」

 黒く錆び付いた鉄の扉の表には赤いスプレーで『DON'T OPEN』と書かれている。蝶番は完璧に錆び付いており、鈍い金属音を上げて開く。もわっと籠ったオイルの匂いとカビ臭い空気が流れてくる。

 俺たちは周囲に散らばる様々な工具に足が引っ掛からないようにその部屋に足を踏み入れた。

「うへぇ、掃除してないわけ?」

 空気の重さに耐え切れなかったのか息吹が声をあげる。

「工具とか精密機械とかあって、掃除しようにもできないんだよ。まぁ埃が入らないように被せはしてあるし、どうせ仕事の時しか使わない部屋だからな。」

 アルマの口から初めて『仕事』という単語を聞いた。ここに来てからというもの、『仕事』という単語を聞いた覚えがない。

「何の仕事をしてるの?」

 俺はアルマに尋ねる。アルマは立ち止まって俺たちの方を見据える。背が小さいから自然と上目遣いになり、つり目が大きく見える。アルムスは俺の言葉を気にせずそのまままっすぐ部屋の中を進んでいき、部屋の奥の方にある一際大きな被せを取り外し始めていた。

「俺たちの仕事はなぁ……」

 アルムスが被せの留め具を外して引き剥がす。被せとして置いてあった青いシートが埃を巻き上げながら宙を舞う。

「整備士と技師だぜ。」

 歯を見せて大きく笑うアルマの顔は自信に満ちており、埃に光が反射していたのかとても眩しくキラキラと輝いて見えた。

 アルムスが引き剥がした被せの下から顕になったそれを見て俺たちは驚きの声をあげる。

「それ!なんであるの!?」

走行式浮遊艇ラットじゃん!しかも二機も!」

 その中でも息吹と吹雪の驚き様はすごかった。まるで普段手にできないような宝石を手に入れたときのような純粋な子供の眼をして、機体の周りを走り回る。埃が舞うからやめてほしい。アルムスとアルマが二機の走行式浮遊艇ラットのエンジンをかける。本に書いてあったような激しい起動音は全く聞こえなかった。起動すると機体が淡く青緑色に光り、静かに周囲の埃を巻き込みながら宙に浮く。そもそも本には車については載っていたが、こんな浮く機械は書かれていなかった。

「アルムス。持ってたのなら言ってくれればよかったじゃないか。」

 イェネオスが苦笑してアルムスに向かって嫌味たらしく言った。

「持ってたわけじゃない。作り直したんだ。そこらへんに落ちてたスクラップでな。」

 アルムスが機体を軽く叩く。金属同士が打ち合わさるような甲高い音が響き渡る。アルムスは金属製の指輪もブレスレットもしていなかったはずなのに。

「兄さんは天才だからな!何てったってこの国一番のせ、技士なんだぜ。」

「試運転をしていないから、正直まだ言いたくなかったんだけど。」

「兄さんが作ったんだから、不良品なわけないだろ!」

「念には念を、だよ。」

 アルムスがアルマの頭を雑に撫で回す。こう見れば普通の兄妹にしか見えないのに、俺はどこかが引っ掛かって仕方がなかった。

 機体を起動させ、浮いた機体にいつの間にか乗り込んでいた息吹たちが声をあげる。

「これ、本当に走行式浮遊艇ラット?基本動作と形は似てるけど…」

「なんか…知らない機能が増えてる……」

 瓜二つの機体の操作盤を眺めながらそう呟く二人を片目に、アルムスは続ける。

「こいつは従来のやつとは違うんだよ。まぁ俺が作ったからってのもあるけど。この二機は二つで一つの同期型走行式浮遊艇なんだ。お互いの位置を確認できる機能と、たとえもう一方の機体が無人だとしてももう一つの機体から操作できるようにしてある。囮にはもってこいだろ?」

 誇らしげにニッと歯を見せて笑うアルムスの顔は、笑ったアルマの顔によく似ていた。

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