理由

「……ひとつ、気になったんだが」


「うん」


「家を建てるとき、お前はどうしてたんだ?」


 夜一の能力があれば、建設の途中で何らかの気配を察知できたはずだ。


「日本には、おらへんかってん。留学中やった。もともと海外の大学に進学することを考えとったから、そのための語学留学で……。一年ほど、おれはアメリカに住んでたんや」


 その最中、両親と連絡が取れなくなったらしい。


「心配になって一時帰国したら、家が新しくなっててん。めちゃくちゃ驚いたよ。そんな話、ぜんぜん聞いてなかった。それに、建て替えが必要なほど古い家でもなかったし……」


 真新しい家を見たとき、夜一はすぐに異変を感じたという。 


「呪いが集まってた。まるで『家』に吸い寄せられるみたいに」


 禍々しい気配だったと、夜一は言った。


「それで、ご両親は……?」


 夜一の表情が、苦しそうに歪んだ。


「家の中で死んどった。無理心中やということに、なってる……」


 彼が、第一発見者だったという。


「けど、絶対に違うねん。無理心中なんかじゃない。両親の遺体には、気配が残ってた。禍々しいモノが……」


 その瞬間、首元に違和感を感じた。たぶん、寧々は泣いている。


 灼は、夜一に触れた。細い肩を抱く。そうしろと、寧々に言われた気がした。


「おれが、留学せずに日本におったら……」


 静かに、夜一が後悔を口にした。


「お前のせいじゃねぇ」


 灼は力強く言った。


 こんな、ありきたりな言葉しか浮かばない自分に苛立つ。夜一にとっては、なんの慰めにもならないだろう。 


 夜一の責任なんて、あるはずもない。けれど、もしかしたら夜一が不在の間を狙われた可能性は、あるのかもしれない……。


「その、設計士の情報は?」


 灼の問いに、夜一は首を振る。


「分からへん。でも、たぶん呪詛師が関わってると思う」


 呪詛師たちは、金銭と引き換えに《呪い》を施すのだという。


「おれがこの仕事をしてる理由、灼くんに言ってへんかったな……」


 夜一が、灼を見上げる。


「まぁ、なかなかヘビーな理由だしな」 


 軽々しく、言えることではないだろう。


「……灼くんには、これからも助手でおって欲しい」


 お願いやから、と涙声で訴えてくる。


「危険を伴う仕事やけど……。おれには、灼くんの力が必要やから」


 灼は、抱いていた夜一の肩をバシッと叩いた。他人行儀な物言いが気に入らない。


「助手じゃなくて、パートナーなんだろ?」


 八家不動産で、夜一がそう宣言していた。


 互いの足りない部分を補っている、と。


「……凸凹コンビ」


「その言い方はやめろ。というか、俺って強いんだよな?」


「え?」


 きょとん、とした顔で夜一が首をかしげる。


「そう言ったよな、お前」


「……う、うん。灼くんは、耐性があるというか、適応力があるというか。とにかく、呪いとか幽霊とか、そういう類のものにめちゃくちゃ強いタイプのひとやで」


「だったら、問題ねぇよ」


 呪詛師だろうが何だろうが、畏れる必要はない。いざとなったら、黒歴史時代に鍛えた拳の力で、ボコボコにしてやれば良いのだ。


「絶対に見つけて、叩きのめしてやろうぜ」


 そう言って、灼は拳を握った。


 夜一は、わずかに目を見張った。それから「ありがとう」と言って、そっと涙を拭った。

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